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【種蒔く人々 地方創生】(1)鹿児島県長島町副町長・井上貴至さん(31)

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【種蒔く人々 地方創生】
(1)鹿児島県長島町副町長・井上貴至さん(31)

 ■持続可能な「ぶり奨学金」

 初めての方も、お久しブリです!

 世界一の養殖ブリの街、鹿児島県長島町の副町長を務めています。

 特に「鰤王(ぶりおう)」は養殖ブリとして日本で初めて、食品衛生管理の手続きを定めた国際基準HACCP(ハサップ)の認証を受けました。

 現在、29カ国に輸出し、世界に出回るブリのシェアでは10%を占める。まさに、ブリ業界の「トヨタ自動車」といってよいのではないでしょうか。

 町には高校や大学はありません。高校に行く子供は、九州本土と結ばれた橋で片道1時間のバス通学をするか、寮生活をするか、家族全体で学校の近くに引っ越しを余儀なくされています。

 どうしても子育て費用はかさみます。経済的な事情で2人目、3人目の子供をあきらめるケースも珍しくはありません。

 そして高校卒業者の半分以上は、働く場を求めて町から出ていきます。若者人口は減り続けています。

 この状態をどうにかしたい。そこで始めたのが「ぶり奨学金」です。町特産のブリは出世魚(しゅっせうお)で回遊魚でもある。この魚にあやかり、「成長して町に戻ってきてほしい」との願いを込めたのです。

 具体的に説明すると、卒業後、10年以内に町に戻ってきてくれたら奨学金の返済は全額、町などが補填(ほてん)する給付型奨学金です。戻らなくても利息分は補填します。

 他の奨学金と違う3つの特長があります。

 (1)金融機関(鹿児島相互信用金庫)と提携(2)補填原資を行政のほか、町民や町内企業も負担(3)給付は、特定の業種だけではなく全町民を対象-の3点です。

 (1)の金融機関との連携で、既存の学資ローンのスキーム(枠組み)を生かし、迅速で詳細な制度設計が実現できました。運用は金融機関に任せるので、この面で行政の事務負担軽減にもつながりました。また金融のプロの助言を得て、将来の財政負担を平準化しました。

 地元の金融機関は日ごろから、地域の事業者と密に接しています。そこには行政以上に、さまざまな事業者の求人情報が集まります。それらを利用者に提供し、地元に戻りたい人と事業者側をうまくマッチングさせています。

 最も大切なのは(2)です。住民が減ると、地域経済は衰退します。若者が戻ってくることは、地域の振興に直結する。だから、奨学金原資は町全体で負担するという考え方です。

 養殖ブリが1本売れるごとに1円、介護施設や建設会社からは5万円、居酒屋から5千円など、町民らが出せる範囲で、基金に寄付をしてもらいます。町出身者の間では、応援したい自治体に寄付すれば税金が軽減される「ふるさと納税」も広がりを見せています。

 町だけで補填すれば「どうせ行政のお金だから」とモラルハザードが起きかねません。将来の町長や町会議員が「もう止めよう」と言い出すこともあるでしょう。

 しかし、町の皆さんで寄付していれば「無駄遣いは止めよう」という機運が生まれる。継続性も確保しやすい。まさに、持続可能な仕組みです。

 奨学金制度は60人近くの生徒が利用しています。既に約700万円の寄付金が集まり、財源の心配はほとんどありません。

 「自助・共助・公助」の精神といわれますが、今のわが国には、住民同士が共に助け合う「共助」が、一番求められていると考えます。

 ぶり奨学金はそれを形にしたものです。行政のみが公共を担う時代は、もはや限界に来ているのです。

 現在のように複雑で多岐にわたる行政課題に対応するには、志のある人や企業の力をいかに生かすかも問われています。

                   ◇

【プロフィル】井上貴至

 いのうえ・たかし 昭和60年、大阪府生まれ。平成20年、東大法学部卒業後、総務省に入る。愛知県市町村課、内閣官房拉致問題対策本部事務局などを経て27年、地方創生人材支援制度の第1号として鹿児島県長島町に赴任し、同年7月から副町長。座右の銘は「ミツバチが花粉を運ぶように、全国の人をつなげたい」。共著に『ソーシャルパワーの時代』(産学社)。