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伝統の小山団扇、藤井寺に「里帰り」 講談師・旭堂南陵さんが寄贈

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伝統の小山団扇、藤井寺に「里帰り」 講談師・旭堂南陵さんが寄贈

 戦国時代に起源を持ちながら、現在では職人がいなくなり、製造が途絶えた大阪府藤井寺市の伝統工芸品「小山団扇(こやまうちわ)」の昭和初期のものが見つかり、市に寄贈された。寄贈したのは大阪芸術大学の客員教授としても活躍する講談師、旭堂南陵さん(67)。「これを機に多くの市民に知ってもらえれば」と話している。

 小山団扇は戦国時代、武田信玄に仕えた知将・山本勘助が敵方の動きを探るため、現在の藤井寺市小山地区に潜伏していた際、隠れみのの職業として作ったことがルーツとされる。一本の竹を細かく裂いた骨組みが特徴で、徳川将軍家や皇室への献上品としても知られ、江戸時代の観光ガイドブックでも紹介された。製法は一子相伝とされ、明治以降は代々「中野茂八郎(もはちろう)」という名前を継いだ職人が手がけてきたが、昭和45年に最後の茂八郎氏が死去、技術は途絶えた。

 今回南陵さんが寄贈したのは今年1月に京都の古本市で入手した黄色と濃い桃色の小山団扇2本。これ以外に、団扇本体を守るカバーや、箱に入っていた史料なども含まれる。

 史料の中には中野氏の名や小山団扇の由来、「昭和五年七月」という日付のほか値段表が記された解説書も。同書によると、寄贈された団扇は骨の数が80本ある「三號形(さんごうがた)」で当時の価格で2円程度。カレー1人前の値段が数十銭の時代で、やや高価な品だったことがわかるほか、最高級品は6円という記載もあるという。また、貴重な団扇用カバーもあり、今回の2本の団扇も、カバーの効果で歳月による変色はみられないという。

 有効な活用法を考えていた南陵さんが、知人の勧めなどもあり、藤井寺市へ贈ることを決めたという。南陵さんは「市民の間でも知らない人が多い。これを機に、多くの人に知ってほしい」。松浦信孝副市長も「ご厚意を生かし、何とか市民の皆さんの目に見える形で魅力をPRしていきたい」と語った。