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生駒親正の甲冑376年ぶり里帰り 秋田→高松・弘憲寺に寄贈

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生駒親正の甲冑376年ぶり里帰り 秋田→高松・弘憲寺に寄贈

 讃岐藩の初代藩主、生駒親正(1526?-1603年)が身につけたとされる甲冑(かっちゅう)が、秋田県由利本荘市の龍源寺から親正の墓がある高松市の弘憲寺に寄贈され、376年ぶりに里帰りした。21日から4月9日まで市歴史資料館(昭和町)で展示される。

 生駒親正は美濃国(現在の岐阜県)土田生まれ。長篠の戦いや柴田勝家との賤ヶ岳(しずがたけ)の戦いなどで活躍し、豊臣秀吉から讃岐の国を与えられた。初代藩主として高松城を築城するなど現在の高松市の礎を築いた。

 生駒家は3代目の正俊まで讃岐藩を治めたが4代目の高俊のころに「生駒騒動」といわれるお家騒動で寛永17(1640)年に出羽国由利郡に改易された。甲冑も同時に持ち出されたが、明治2年に生駒家から龍源寺に寄付されたという。

 龍源寺から「親正公の甲冑があるので是非お返ししたい」と申し出があり、昨年、親正の菩提(ぼだい)寺である弘憲寺に寄贈された。

 甲冑は「本小札(ほんこざね)」と言われるパーツをもえぎ色の糸でつなぎ合わせた「黒漆塗本小札萌黄絲威二枚胴具足(くろうるしぬりほんこざねもえぎいとおどしにまいどうぐそく)」と呼ばれる形状で、その構造から安土桃山時代に作られ、江戸時代中期に修復されたものとみられている。龍源寺では朝鮮出兵や関ヶ原の戦いの時に、親正がこの甲冑を着ていたと伝えられている。

 弘憲寺の長尾恵證・名誉住職(75)は「親正公ゆかりの品が高松に帰ってきてうれしい。きれいに保存され、見た目も美しいので、多くの人にみてもらいたい」と話している。