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藤沢・大庭城跡で戦国時代の炭化米発見 北条早雲の城攻めで燃えた?

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藤沢・大庭城跡で戦国時代の炭化米発見 北条早雲の城攻めで燃えた?

 藤沢市大庭城山にある「大庭城」跡から戦国時代のコメが炭化した状態で見つかっていたことが、藤沢市の調査で分かった。市では「戦国時代に攻め落とされた際にコメが燃えて炭化したものとみられる」と話しており、「当時の様子をうかがい知ることができる貴重な資料」として、市民ギャラリー常設展示室で公開している。29日まで。

 市郷土歴史課によると、大庭城は平安末期の豪族・大庭景親の居宅跡をもとに、室町後期の名将・太田道灌が築城した山城とされる。当時の文献によると、永正9(1512)年に小田原城を拠点にした戦国武将・北条早雲が大庭城を攻め、陥落したという。廃城となった時期は明らかになっていない。

 現在でも堀や土塁跡などが残っており、「大庭城址公園」として市民の憩いの場となっている。

 市によると、大庭城跡は昭和43~46年にかけて都内の学識経験者らが発掘調査を行い、建物群や塀跡のほか、柱の跡から炭化米なども発見された。しかし、その後も調査報告書はまとめられることはなかったため、今年度に入り、市が報告書をまとめるために、炭化米を化学分析したところ、15世紀中頃から16世紀初頭に燃えて炭化したことが判明した。

 また、一部にもみ殻が残っていたため、この炭化米は貯蔵していた段階で燃えたことも分かった。文献によると、大庭城で攻防があったのは、北条早雲が攻めてきたときの1回限りで、「落城した際に燃えてしまった可能性が高いと考えられる」(同課)としており、「炭化米の年代が特定できたことで、大庭城関連の年代把握につながる」と話している。

 炭化米は藤沢駅北口ルミネプラザ6階・藤沢市民ギャラリー常設展示室で開催中の企画展「大地に刻まれた藤沢の歴史V~古代~」で展示している。入場無料。月曜日休館。問い合わせは、同課(電)0466・27・0101。