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薩摩川内市長に岩切氏が3選 原発容認派“最後の砦”

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薩摩川内市長に岩切氏が3選 原発容認派“最後の砦”

当選から一夜明け、市役所で花束を受け取る岩切秀雄氏=24日午前、鹿児島県薩摩川内市 当選から一夜明け、市役所で花束を受け取る岩切秀雄氏=24日午前、鹿児島県薩摩川内市

 任期満了に伴う鹿児島県薩摩川内市長選は23日、投開票され、無所属現職の岩切秀雄氏(74)が、元市議で無所属新人の小田原勇次郎氏(54)を破り、3選を果たした。これまで一貫して原発稼働を容認してきた岩切氏の当選は、政府のエネルギー政策の後押しとなる。

 同市には九州電力川内原発が立地する。選挙戦で岩切氏は「原子力発電所を基幹エネルギーとし、次世代エネルギーも進めている」と主張した。当選後、岩切氏は報道陣の取材に「現時点では安全であれば、原発は進めるべきだ。安定的に大量に発電するには原発に頼らざるを得ない」と語った。

 一方、小田原氏も「原子力エネルギーは国力維持の観点で必要と認識している」と主張し、原発稼働を容認していた。

 投票率は63・59%(前回70・31%)だった。

                   ◇

 ◇薩摩川内市長(鹿児島)

当  30144岩切 秀雄無現 【自】【公】

   19512小田原勇次郎無新

                   ◇

 ■連敗食い止める「プレッシャー受けていた」

 「川内原発は1号機、2号機ともに法定点検をクリアし、稼働してほしいと思っている。(立候補者が)両方とも稼働を容認した。市民も容認したと受け止めざるを得ない」

 当選から一夜明けた24日、市役所に登庁した岩切秀雄氏は、報道陣の取材にこう述べた。

 鹿児島では7月の県知事選で、原発停止を公約に掲げた三反園(みたぞの)訓(さとし)氏が、現職を破った。今月16日に投開票された新潟県知事選では、再稼働に反対する候補者が当選した。

 三反園氏は選挙戦で、原発を大きな争点にすることはなかった。とはいえ、反原発団体と政策協定を結んだこともあり、メディアを通じて「原発慎重派知事」と一括りにされた。

 岩切氏は平成26年10月、川内原発の再稼働に同意した。

 市長選では、対立候補も原発容認の姿勢を示した。原発は争点にすらならなかった。

 それでも、政府のエネルギー政策を理解し、行動した岩切氏が落選すれば、原発反対派は「再稼働に同意した市長が敗れた」と強調しただろう。

 川内原発だけでなく、他の原発立地自治体の首長選に波及し、今後の政府のエネルギー政策推進に逆風となる可能性が大きかった。

 岩切氏の当選は、こうした流れを食い止めた。

 「原発維持派にとって、最後の砦(とりで)が岩切市長だった。岩切市長の人柄が、なんとか原発を守ったといってよい」

 自民党の尾辻秀久参院議員は23日夜、岩切氏の選挙事務所で当選の意義を強調した。

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 岩切氏も「最後の砦」の役割を、十分すぎるほど意識していた。

 「プレッシャーを受けていた。期待に応えないといけないと思っている」。岩切氏は当選後の会見でこう打ち明けた。

 原発への逆風がさらに強まった場合の影響を考えれば、まさに「負けられない戦い」だった。

 岩切氏には、自民、公明の県組織が推薦を出した上、安倍晋三首相が自民党総裁として推薦証を送った。400以上の企業、団体も推薦した。

 陣営には「現職が敗れた鹿児島県知事選の二の舞いを演じない」との思いも強かった。

 岩切氏は原子力の重要性を理解しているだけに、大きな心理的負担だっただろう。

 ただ、エネルギーは健康で文化的な国民生活の根幹だ。安定供給は国策であり、一自治体の首長が負うには重すぎる問題だといえる。

 衆院原子力問題調査特別委員会の委員の1人は「世論調査で原発の反対者が一定数いることを考えると、原発稼働を強調しても票にならない」と語った。

 確かに原発稼働を容認すれば、一部のメディアや反原発団体から「原発推進」「安全は二の次」のレッテルを貼られることがある。

 だが、原発容認派も「住民の安全が最優先」という考えは同じだ。

 資源小国の日本に、原発は欠かせない。将来的に依存度を下げるにしても、今ある原発を安全に稼働するには、住民の理解を得ないといけない。その努力は政府や国会議員にこそ求められる。

 議論や理解活動を、地元自治体や電力会社に丸投げする姿勢に、疑問の声が上がり始めている。

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 定期検査中の川内原発1号機は12月に再稼働を予定している。2度にわたり九電に原発停止を要請した三反園氏が、薩摩川内市長選で示された地元の意思をどう酌み取るか、対応が注目される。

 川内原発は昭和59年に1号機が、60年に2号機が営業運転を開始した。誘致の過程から、地元住民は原発について議論を積み重ねた。過去の市長選でも争点になり、再稼働同意にあたっては、市議会で審議が尽くされた。

 岩切氏はそんな薩摩川内市民の負託を受けて、3選を果たした。

 三反園氏が再稼働について意思を表明するならば、岩切氏との意見交換を踏まえる必要がある。 

 (九州総局 高瀬真由子)