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【北関東怪奇伝説】あの三途の川と死後の処遇を決める脱衣婆(だつえば)が群馬・甘楽町に実在した…ほとりの小屋では鬼の老婆がカッと目を見開き…

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【北関東怪奇伝説】
あの三途の川と死後の処遇を決める脱衣婆(だつえば)が群馬・甘楽町に実在した…ほとりの小屋では鬼の老婆がカッと目を見開き…

三途川にはコンクリート製の「三途橋」が架かり、姥子堂には脱衣婆が鎮座している 三途川にはコンクリート製の「三途橋」が架かり、姥子堂には脱衣婆が鎮座している

 現世とあの世の間に流れる「三途(さんず)の川」。そのほとりには脱衣婆(だつえば)という恐ろしい鬼の老婆がおり、川の渡し賃の六文銭を持たずにやってきた者から衣服を剥ぎ取り、その重さによって罪の軽重を調べ、死後の処遇を決めるという。「脱衣婆」、「三途川」そして「三途橋」が群馬県内に実在すると知り、恐る恐る足を運んだ。

 県中西部の甘楽町。車がひっきりなしに通る国道254号の下に夏草に覆われ、両岸をコンクリートで固められた三途川が細々と流れていた。

 川をのぞき込んでいた橋の欄干には三途橋のプレートがあった。そして、橋のたもとに脱衣婆を祀(まつ)る姥子堂(うばごどう)(町指定史跡)という小屋がひっそりあった。

 姥子堂を管理する宝勝寺の巌(いわお)良昭住職(42)に頼み、堂の中を見せてもらった。のぞき込んでみると、奥の棚の上に眼をカッと見開いた脱衣婆が鎮座していた。

 想像していたより温和な表情に見えた。これは、この身がまだ生きている証拠か…。

 巌住職によると、20年ほど前に脱衣婆を修復した際、水晶の眼をガラス玉にし、その際に目の色が青くなったという。 

 昭和30年ごろまでは、毎年4月19日に地元の老人が集まり念仏を唱え、屋台なども出てにぎやかだったという。「子供が悪いことをすると脱衣婆に言いつけるぞ、と大人に脅されたものです」と巌住職は懐かしそうに話した。

 姥子堂の建立時期は不明だが、文政3年(1820年)に書かれた「宝勝寺起立之書」には、行基(奈良時代の僧)が脱衣婆像を彫り、川の名を三途川と唱え、村人が堂を建て像を祀ったと書かれている。像と堂は焼失したため、江戸時代に再建したものという。

 巌住職は「鉄分が多いせいか川がまっかな血のように見え、それで三途川と名付けたのでしょう」といわれを説明した。

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