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【日本の源流を訪ねて】本妙寺(熊本市) 復興見守る清正公の菩提寺

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【日本の源流を訪ねて】
本妙寺(熊本市) 復興見守る清正公の菩提寺

熊本地震で被災した本妙寺の仁王門。立ち入り禁止になっている 熊本地震で被災した本妙寺の仁王門。立ち入り禁止になっている

 熊本地震によって熊本県内の多くの神社仏閣も、大きな被害を受けた。初代熊本藩主で、今でも親しみを込めて「清正公(せいしょこ)さん」と呼ばれる加藤清正(1562~1611)の菩提(ぼだい)寺、日蓮宗「本妙寺」もその一つだ。開創から400年以上の歴史がある名刹の境内では、復旧工事が進む。

 天正13(1585)年、清正が父の菩提寺として摂津(今の大阪)に建立した。清正が肥後入国後、城内に移し、清正が死去後、現在地である中尾山の中腹に移築された。浄池廟(じょうちびょう)本殿は建物全体が清正の墓であり、清正公銅像も建つ。

 参道入り口の巨大な「仁王門」は本妙寺の総門と位置付けられる。大正9年、福岡・小倉の実業家、小林徳一郎翁の寄進により鉄筋コンクリート造りで建設された。小林翁は出雲大社の大鳥居も寄進している。仁王門の高さは約15メートル。関東大震災前に造られた鉄筋コンクリート構造物は珍しく、平成23年7月に国の有形文化財に登録された。補修も施された。

 だが、熊本地震で全体に傾きが生じ、門柱にも亀裂が入った。池上正示住職(56)は「修復していなかったらもっと大きな被害が出ていただろう」と話した。現在は立ち入り禁止で、門をくぐることはできない。

 境内には「胸突雁木(むなつきがんぎ)」と呼ばれる急勾配の石段が続く。石段沿いに広がる墓地の墓石や、胸突雁木に並ぶ石灯籠などの大半は、地震の激しい揺れで倒壊し、無残な姿を見せている。

 石段を登り切ると、浄池廟と拝殿、清正公の遺品や古文書など貴重な文化財を収蔵ずる宝物館がある。宝物館は相次ぐ余震に備えて休館を余儀なくされている。さらに、そこから石段300段を上った、市内を一望する高台にある加藤清正公銅像の槍(やり)も被災した。

 本妙寺は観光客はもちろん、地元住民も散歩で訪れる。槍の破損も、本震後の4月16日早朝、散歩に来た住民が見つけた。清正公が手にする直径約10センチの槍の先端部分約2メートルが折れ、地面に落ちた際、さらに二つに折れたという。

 銅像は台座を含め高さ約17メートル。昭和10年に建立されたが、戦時中に金属供出させられ、35年に再建。槍は枝のような鎌形の刃が片方だけ長く突き出た「片鎌槍(やり)」で「賤ケ岳七本槍」に数えられる清正のトレードマークだ。実物は東京国立博物館に所蔵されている。

 清正公のトレードマークを壊れたままにしてはおれない。準大手ゼネコン安藤ハザマ九州支店(福岡市)が、ボランティアでの修復を申し出た。現在、槍の修復工事が進んでおり、今月中旬にも完工する予定となっている。

 本妙寺では今月23日、夏の風物詩「頓写会」が開かれる。池上住職は「今年の頓写会は安全面の配慮から夜店もなく、拝殿で写経を納める法要のみを執り行うが、心を込めて熊本復興を祈願したい」と語った。

 そのころには、銅像も威容を取り戻すだろう。400年前に熊本の礎を築いた清正公が、山上から被災地・熊本の復興を見守る。(谷田智恒)

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 所在地は熊本市西区花園4の13の1。熊本市電「本妙寺入口」から徒歩20分。拝観受け付けは午前6時~午後5時。宝物館「本妙寺加藤清正公記念館」は休館しており、再開時期は未定。問い合わせは同寺(電)096・354・1411。