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【突破力】“山小屋”から世界のラーメンに ワイエスフード

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【突破力】
“山小屋”から世界のラーメンに ワイエスフード

 オーストラリア南東部のメルボルンは、イギリス統治時代の歴史的建物も残る同国第2の都市だ。そのビジネス街のビルの地下に豚骨ラーメン店がある。

 「九州筑豊ラーメン山小屋」など計158店舗を運営する九州最大のラーメンチェーン、ワイエスフードが昨年4月に出店した。カウンターの背後には日本酒や焼酎の瓶が飾られ、日本の食をアピールする。

 豚骨ラーメンといえば、あっさりスープで極細麺の「長浜ラーメン」と、より濃厚で麺もやや太い「久留米ラーメン」が代表格だ。

 「うちのラーメンは、麺もスープも長浜と久留米の中間をいくんです」

 社長の緒方正憲氏(46)はこう語る。

 味の根幹はスープに使う「熟成しょうゆだれ」にある。40年以上、創業時のものに継ぎ足ししている。そのレシピは、社長を含め社内で数人しか知らないという。

 福岡県香春町の本社工場で生産し、真空パックで店舗に発送している。

 麺も具材も、このたれに合わせて選んだ。麺はタンパク質を多く含むオーストラリア産の小麦を、チャーシューは国産豚バラ肉を使っている。

 世界に羽ばたくラーメンチェーンの始まりは、その名の通り、筑豊の峠の小屋だった。

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 正憲氏の父で、トラック運転手だった緒方正年氏(68)は大のラーメン好きだった。それが高じて、昭和45年、福岡県田川市の道路沿いに店を開いた。

 近くの廃校の材木を利用し、カウンターだけの質素な店だった。坂道を上った所にあるその姿から「ラーメンセンター 山小屋」と名付けた。

 「好きこそものの上手なれ」といっても、正年氏は素人だ。客から厳しい言葉を浴びせられた。

 「まずいな、このスープ」

 正年氏は、営業が終わってから深夜まで、試作を繰り返した。理想のスープとたれを目指して、時には繁盛店のごみ箱をのぞき、食材や調味料を調べた。納得のいくたれができたのは、3年後だった。

 山小屋のラーメンは、口コミで評判が広がった。福岡市や久留米市など、遠隔地からわざわざ客が訪れるようになった。

 平成4年、転機がやってきた。

 地元スポーツ紙の営業担当者が店を訪れ、フランチャイズ(FC)の加盟店を募集する広告を出さないかと提案した。

 小さなスペースの広告を出した。ラーメン業界のFCが珍しかったのか、数十件もの応募があった。

 「フランチャイズはいける」

 正年氏は確信した。FC展開を本格化させようと、株式会社化し、FC本部を開設し、9店舗を出した。将来の多店舗展開を見据えて、田川市に麺や餃子の工場も作った。

 追い風も吹く。10年ごろから、「ご当地ラーメンブーム」が始まった。

 16年、横浜市に全国の選りすぐりのラーメン店が集結した「全国ご当地センバツラーメン甲子園」が開業した。その初期メンバーとして出店すると、半年間で、「店舗売り上げ」「杯数」「メニュー別売り上げ」の3冠王に輝いた。一気に全国区となり、店舗展開を加速。17年3月に150店舗を達成した。

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 筑豊の味は国境も越えた。

 タイの企業と共同出資で、平成18(2006)年9月、バンコクに海外1号店を出した。その後も中国、台湾、インドネシアなどに広く展開する。

 19年6月に社長に就任した正憲氏も、規模拡大に余念がない。

 26年7月、家族連れをターゲットにしたモツ鍋の業態を始めた。「山小屋」のファンは男性客が多いことから、顧客層の拡大を狙った。

 今年は欧州進出を目指す。8月にポーランドに餃子工場を作り、秋に英国に店を出す計画だ。正憲氏は「海外店舗は現在42ですが、平成30年春までに海外100店舗体制を築きたい。先代がこだわり抜いたラーメンの味を海外に広げていく」と語った。(九州総局 奥原慎平)

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【会社概要】ワイエスフード

 平成6年5月設立。豚骨ラーメン店や焼肉店などを運営する。27年3月期の売上高は19億円。従業員は147人(28年2月時点)。本社所在地は福岡県香春町鏡山字金山552の8。