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64年前の米軍機墜落 国境越える追悼に感謝 遺族、大洲の慰霊碑訪問 愛媛

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64年前の米軍機墜落 国境越える追悼に感謝 遺族、大洲の慰霊碑訪問 愛媛

 64年前、愛媛県大洲市の山中で米軍機の墜落事故が発生し、搭乗していた14人全員が死亡した。この事故の遺族、キャサリン・リチャードソン・マクマケンさん(64)は最近になって、墜落現場近くの住民らによって慰霊碑が建てられ、手厚い弔いが続けられていることを知り来日。12日に慰霊碑建立の関係者らを訪問し、感謝を伝えた。墜落現場近くに住む碑建立発起人の寺田照夫さん(88)は「長年の慰霊の思いが報われた」と目を潤ませた。

 朝鮮戦争当時の昭和27年8月8日午前2時15分、米軍双発飛行艇が濃霧で大洲市豊茂の金山(出石山)山腹に激突し炎上。乗組員14人全員が死亡した。山上からは爆薬らしき音が何時間も鳴り響いたという。

 消防団員だった寺田さんは山火事を警戒し、消火活動で事故現場に急行。真っ黒こげになった遺体の散乱を目撃した。寺田さんは「パラシュートの梱包をほどき、遺体にかけて花を添えた」と事故当時を振り返る。

 その後、住民らは事故現場に墓標を建てたものの、草木に覆われてしまった。鉱山夫だった寺田さんの父親は「殉職者を慰めるため慰霊碑を建てたい。1人でもやりたいが、大勢の支えがあった方が皆のために良い。浄財を集めるように」との遺言を残していた。機が熟し、賛同者は50人以上集まり、平成21年に御影石の慰霊碑が完成した。

 碑は別格四国霊場として知られる金山出石寺に近く、同機の着陸予定地だった米軍岩国基地を望むように建つ。碑文には、搭乗していた14人の氏名が刻まれている。碑を建てる際、米国大使館に乗組員の氏名を求めたが回答がなく、在日米海軍司令官に直接要請。まもなく、同司令部から事故の状況や14人の階級と氏名が届いた。

 マクマケンさんは2年前にネットで慰霊碑の存在を知り、お礼を伝えるため今回初めて来日。生後4カ月の時に海軍パイロットだった父のドナルド・リチャードソンさんを失ったため、生前の父には一度も会った記憶がないという。慰霊碑を前に、マクマケンさんは「国境を越え、これだけ敬意をもって親切にしていただき、感激しました」と住民らに感謝を伝えた。

 慰霊碑前には住民15人が集まった。日米親善の架け橋役となった寺田さんは「この日を心待ちにしていた。異国の地で亡くなった人がいつか祖国の人と話ができる場をつくろうとの思いが通じた。約束を果たせた」と喜びをにじませた。