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【難読地名紀行 茨城】恩に報いたキツネの伝説 牛久市女化町

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【難読地名紀行 茨城】
恩に報いたキツネの伝説 牛久市女化町

 牛久市役所から南東に約5キロ。住宅や田畑の点在する地域は「女化町」と書いて「おなばけちょう」と読む。牛久市の大字だ。どんな由来があるのだろうか。

 集落を回り、「女化神社」という神社を見付けた。訪ねてみると、宮司の青木紀比古(としひこ)さん(68)が地名の由来について書かれた文章を出してくれた。要約すると次の通りだ。

 永正6(1509)年、常陸国根本村に忠五郎という者がいて、農業の合間に筵(むしろ)を織って生計を立てていた。ある日、土浦に筵を売りにいって帰る途中、猟師が寝込んでいた白いキツネを弓矢で射ろうとしている場面に遭遇。慈悲深い忠五郎はせき払いをしてキツネを逃してやった。

 帰宅した忠五郎は、自宅前に年老いた男と若く美しい女がいることに気付く。奥州から鎌倉へ向かう途中で、泊めてほしいという。一晩だけのはずだったが、女は耕作などを懸命に手伝い、いつしか3カ月もたち忠五郎と結婚。3人の子をもうけた。

 永正14年、うたた寝をしていた女から尻尾が出ていることに子供が気付く。子供は母親がキツネであることを知り、正体を知られてしまった女は姿をくらませたという。

 キツネが若い女に化けて恩に報いたとするこの伝説から、この地が「女化町」になったというのだ。

 地図で女化神社を調べてみると、女化町の中にあるのに、住所は龍ケ崎市馴馬町(なれうままち)になっていることに気付く。青木宮司は「馴馬町の名士がこの神社に京都の伏見稲荷(いなり)の分霊を祭ったので、この場所だけ馴馬町になっている」と教えてくれた。最近まで「龍ケ崎市馴馬町女化」と表記していたようだ。龍ケ崎市の飛び地が牛久市の地名を語り継いでいた。

 次回(3月7日)は「随分附」。さて、何と読む?(桐原正道)