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【甲信越ある記!】山梨県富士吉田市「西裏地区」 屋台村でにぎわいを

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【甲信越ある記!】
山梨県富士吉田市「西裏地区」 屋台村でにぎわいを

 山梨県富士吉田市の通称「西裏地区」に今月オープンしたばかりの屋台村だ。店内を見渡すと天井はなく、屋根の野地板、はりはむき出しで、裸電球はお世辞にも明るいとはいえない。終戦直後の昭和20年ごろのバラック建ての飲み屋が再現されたようだ。

 「西裏」地区は当地で“郡内織物”が盛んだったころに栄え、飲食店が立ち並び、不夜城とまでいわれた繁華街だった。往時を知る地区の人は、「昭和30年ごろがピークだったね。およそ半径600メートルから700メートルの範囲に200軒以上の飲み屋があった。バーや寿司屋、小料理屋。スナックといういいかたをしたかどうか、そのたぐいの飲み屋もあった。映画館も5軒あった。この繁華街を支えたのが機屋の旦那衆だ。反物を売ってもうけた金で遊んだ。週2回の織物市がある夜には路地は人混みで歩けないほどの盛況ぶりだったんだ」と説明してくれた。だが、外国から安価な織物生地が輸入されるようになると、織物産地は一気にしぼんだ。人通りがなくなった西裏地区からは当然ネオンが消えた。

 ただ不思議なことに、この地区は再開発の手が付けられず、バーや小料理屋の建物はそのまま、路地は当時の面影を残してきた。「屋台村にして当時の繁華街のようなにぎわいを再生してみようか」。同市で活性化に取り組む財団法人「富士吉田みんなの貯金箱財団」(斉藤智彦代表理事)が2年前から構想を練り、出来上がったのが写真のバラック風屋台村だ。昭和の古い店の骨組みをそのまま使い再生し、今月23日に開店した。

 同財団によると、屋台村を再生した路地は以前「新世界通り」と呼ばれ、屋台村の名を「新世界乾杯通り」とした。今夏までに9店舗をオープンする計画だが、とりあえず3店舗でプレオープン。各店舗は「まる」「さんかく」「しかく」の名を付けているが、壁を設けずに客は3店舗を自由に行き来できる。飲み物は1杯がおよそワインコイン(500円)。

 昭和を知る人にとって、屋台村が以前からあったような気になるのはバラック風のためか。ネオンが消えて久しい西裏地区。往時はバラック建ての飲み屋から始まり、発展したのかもしれない。屋台村にともされた小さな明かりは、“昭和をもう一度”とささやいているようだ。同財団の斉藤代表理事は「地域の人々が集う場所を目指した。楽しんでもらえればいい」と話す。近い将来、バラック風の異空間に外国人観光客も誘い、楽しませ、周遊バスを走らせて利用客を他地域から呼び込む計画もある。(牧井正昭)