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クモの糸でバイオリンの弦 「音の匠」に奈良県立医大の大崎名誉教授選出

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クモの糸でバイオリンの弦 「音の匠」に奈良県立医大の大崎名誉教授選出

 4年前、世界で初めてクモの糸でできたバイオリンの弦を作り、その美しい音色とともに大きな注目を集めた「クモの糸研究」第一人者、大崎茂芳(しげよし)・奈良県立医大名誉教授(69)=大阪市。音を通じて文化に貢献したとして、日本オーディオ協会(東京都)が顕彰する「音の匠」に選ばれた。40年にわたる研究から生まれた数々の成果について、「クモとの根気強いコミュニケーションのたまもの」と振り返った。

 研究室に、深みのあるバイオリンの音色で「アメイジング・グレイス」が響き渡る。うっとりとするような甘い調べからは想像もつかないが、大崎さんが作ったバイオリンの弦には、1本あたり1万5000本のオオジョロウグモの糸が使われているという。

 兵庫県出身で大学院生時代、「当時の流行分野だった」という「粘着」を研究。クモの巣に関する研究がほぼ手つかずと知り、「人がやっていないことをしよう」と考えた。以来、和歌山や沖縄など、全国各地でクモを採集。柔軟で強く、最高250度まで溶けない耐熱性など、クモの糸の特徴を突き止めた。

 クモの糸を使ったバイオリンを思いついたのは7年前。車の中で聴いたロシア民謡の弦の音色に感動し、ふと「クモの糸束が弦に使えるのでは」と思ったという。だが楽器の演奏経験はなく、一から構造を学ぼうと奈良市内のレッスン教室に通い、弾き方や弦の張り方を習得していった。

 だが制作では、クモから糸を取り出すのに四苦八苦。クモは巣の骨格となる「縦糸」のほか、粘着性のある「横糸」など計7種類の糸を分泌するが、「糸を取り出す人の精神状況次第で糸の質は大きく変わる」のだという。「厳しくしたらへそを曲げ、優しくしたらなめられる。クモと相対するときは人間関係と同じで、バランスが大事」と話す。

 約3年がかりで完成したバイオリンの音色は、音楽家らも高評価。周波数解析では世界最高峰とされる「ストラディバリウス」の音色と比べても遜色がないことが分かった。大崎さんを「音の匠」に選んだ一般社団法人「日本オーディオ協会」前理事で、選出委員長の森芳久さん(74)は、「初めて聴いたクモ糸の弦のものすごく大きな音は忘れられない。すばらしいの一言」と絶賛。海外メディアにも報じられ、バイオリン生産大国のドイツやイタリアの楽器業界から「商品化できないか」との要望もあるという。

 さまざまな可能性を秘めたクモの糸は衣類や手術の縫合糸、自動車部品への応用も期待される「夢の繊維」。多くの企業や研究グループが人工的な量産化を探っているが、人工のクモの糸は分子量が天然に比べて大幅に低いため、「水にぬれたら半分の大きさに収縮してしまう」などの弱点もあるという。「今後、いかに分子量を増やすかが量産化に向けた課題」と、大崎さんは指摘する。

 まだまだ神秘のベールに包まれ謎が多いとされるクモの糸。「夢の繊維」実現に、多方面から大きな期待が寄せられている大崎さんのクモとの付き合いは、まだまだ続きそうだ。