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豊島公会堂63年の歴史に幕 来月閉館 建設費は江戸川乱歩ら寄付

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豊島公会堂63年の歴史に幕 来月閉館 建設費は江戸川乱歩ら寄付

 豊島公会堂(豊島区東池袋)が3月末で閉館し、63年の歴史に幕を閉じる。区民の支援で建設され、作家の江戸川乱歩も寄付した。両国公会堂(墨田区)の解体、渋谷公会堂(渋谷区)と日比谷公会堂(千代田区)の改修に続き、長く親しまれてきた文化の殿堂が、また一つ姿を消す。

 豊島公会堂は、正面はむきだしの柱が支えるシンプルな作り。館内には35ミリフィルム映写機もあり、昭和の面影が残っている。

 平成5年発行の記念誌「豊島公会堂の40年」によると、現在の建物は昭和27年11月に開館(1600人収容)。建設協賛会に3053人から約1200万円の寄付が集まり、建設費の17%をまかなった。当時、西池袋に住んでいた乱歩は本名の「平井太郎」で寄付している。

 催しは歌謡コンサートや演劇が中心だったが、映画のロケも行われ、女優の吉永小百合さんや山本富士子さんらが訪れた。改修で収容人員が802人になってからは、企業の研修会や学校の卒業式に使われることが多くなったという。

 管理する「としま未来文化財団」の仁平直行さんは「一度だけ『8時だョ!全員集合』が行われた。奥行きの浅い舞台なので、コントから歌のコーナーに変わる舞台転回がどう行われたか不思議」と話す。乱歩の孫、平井憲太郎さんは「何度も引っ越しをしていた祖父が豊島区に長く住むことになり、近所づきあいを深めようと寄付したのでしょうか」と振り返った。

 跡地には1500人収容のホールが入る施設が平成31年にオープンする予定。

 都内の公会堂は、緑青のドームがシンボルだった両国公会堂が解体。昭和39年東京五輪で重量挙げ会場に使われ、「8時だョ!全員集合」の収録でよく使われた渋谷公会堂は、昨年10月に閉館した。

 日比谷公会堂も、耐震化のため改修工事に入り、4月から使用休止になる。