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但馬国分寺跡から回廊を初確認、「大衆院」か 豊岡市教委 

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但馬国分寺跡から回廊を初確認、「大衆院」か 豊岡市教委 

 豊岡市日高町国分寺の国史跡「但馬国分寺跡」の第34次発掘調査で、伽藍(がらん)以外で回廊が見つかり、同市教委が19日発表した。主要伽藍以外での回廊は全国の国分寺では初めて。古代寺院を維持・管理する施設「大衆院」の回廊の可能性もあるという。

 天平13(741)年の聖武天皇の詔(みことのり)で、全国で国分寺の建設が始まった。但馬国分寺はこれまでの調査で、七重塔や金堂などの建物跡が見つかり、寺院地(寺の範囲)は一辺が160メートルと判明。造営過程や寺院の経営を示す木簡も多数出土している。

 今回は遺構の保護と今後の整備活用を目的に1月13日から2月末にかけ、寺院地の東端部(南北8メートル、東西23メートル)を調査。

 土器などから遺構は、奈良時代後半(8世紀後半)~平安時代中期(10世紀ごろ)の3期にわたり、回廊部分(南北約50メートル)は平安時代前期(9世紀中ごろ)に礎石の上に柱を造営。屋根には瓦、回廊の東西に雨落溝が確認された。

 平成22年の29次調査でも今回の回廊につながる一部が見つかっていたが、当時は「回廊」とする資料に乏しく、今回の遺構との規則正しい礎石の連続で「回廊」と確認できたという。

 回廊近くからは施設の特長を示す「院」などの墨書土器が出土したことから、同市立歴史博物館「但馬国府・国分寺館」の前岡孝彰学芸員は「古代寺院を維持管理する施設の『大衆院』の可能性も考えられる」としている。

 大手前大学史学研究所の櫃本誠一客員研究員の話 「但馬国分寺の規模は全国的には中クラスだが、伽藍以外で新たに回廊が見つかったことで、但馬国分寺の格式の高さがわかる」

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 現地説明会は21日午後1時半から。荒天時は近くの「但馬国府・国分寺館」で報告会に変更する。