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日立労組、存在感に陰りなく 大畠氏引退表明「したたかな戦略」 茨城

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日立労組、存在感に陰りなく 大畠氏引退表明「したたかな戦略」 茨城

 ■民主凋落と対照的

 民主党副代表、大畠章宏元国土交通相(68)=衆院茨城5区=のこの時期の引退表明には、出身母体、日立労組のしたたかな戦略がありそうだ。トヨタ労組と並び集票マシンとしていまだ存在感を発揮している日立労組。最近の県内の地方選を眺めてみても、民主党の止まらぬ凋落(ちょうらく)ぶりとは対照的に陰りは見えてこない。(坂井広志)

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 ■後継者に準備期間

 大畠氏はすでに後援会に引退の意向を伝えており、産経新聞の取材に「衆参同日選の可能性がなければ決断はもう少し後だったかもしれない」と率直に語っている。後継候補については「労組だけではなく一般市民の支持を得られるような人物でないと小選挙区では勝てない」と漏らす。

 だが、民主党にとって逆風だった平成17年の郵政解散や26年のアベノミクス解散などの際の衆院選でも選挙区当選できたのは、日立労組の存在を抜きに語ることはできない。

 自身の影響力を維持するために少しでも引退表明を遅らせたいのが議員心理というもの。だが、後継候補に地元秘書とはいえ日立労組出身者が有力視されていることを踏まえれば、引退表明の時期について、少なからず本人の意向とは別の力学も働いた可能性は高い。

 後継者に準備期間を十分取らせる必要がある-。日立労組はそう判断したとみられ、そこには組織の影響力を断固維持するという思惑がちらつく。当選9回の大畠氏だが、支えた側の日立労組に慢心はうかがえない。

 そもそも、引退を意識し始めたのはいつごろか。23年3月11日の東日本大震災のとき国交相だった大畠氏。「毎日、毎日、限界を超える仕事が入り、不整脈も出ていた。しかし大事をとっていたら仕事にならない。倒れてもしようがないと思った」と語る。

 その後、後援会に後継者の人選を内々で指示。だが「『やりましょう』という人はいなかった」とされ、24年の前々回衆院選で民主党は野党に転落、今に至る。その一方で、日立労組はその威力を低下させることはなかった。

 このことは、最近の県内の地方選でも明らかだ。

 ■地方選の組織力

 産経新聞社とFNN(フジニュースネットワーク)が1月23、24両日に実施した合同世論調査で、民主党の支持率は8・4%で依然一桁台だった。

 それでも、24日の東海村議選でトップ当選を飾ったのは、民主党公認候補の現職。昨年10月25日のひたちなか市議選では、トップ当選と3位当選が民主党公認の現職だった。これらの議員に共通するのはいずれも日立グループ労組出身の組織内議員という点だ。

 日立労組出身のある市議は民主党への期待が高まらないことについて「国政と地方とでは違う」と冷静に受け止めている。その上で日立労組の集票マシンとしての力の源泉については「日頃からの活動あっての組織力だ」と胸を張る。

 その言葉から垣間見えたのは、民主党国会議員にあまり見られなくなった、戦いに臨む者としての自信、そしてプライドだった。