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京都・宇治田原発展に貢献の名家寄進の石灯籠、住吉大社で確認

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京都・宇治田原発展に貢献の名家寄進の石灯籠、住吉大社で確認

 京都府宇治田原町で「青製煎茶製法」を開発し煎茶文化を広めた永谷宗円(1681-1778)の子孫と、同町と宇治とを結ぶ「宇治道」の改修などで功績のあった奥田治作(1777-1855)が住吉大社(大阪市住吉区)に寄進した石灯籠の存在を、宇治田原町に住む郷土史家、茨木輝樹さん(72)が確認した。

 茨木さんは「永谷家のご子孫にも石灯籠のことは伝わっていない。郷土の発展に貢献した両家が連名で寄進した石灯籠の存在を町民の方にも広く知ってもらえれば」と話している。

 茨木さんは東京の知人から住吉大社に石灯籠があることを知らされ、7月に現地へ。石灯籠は2基1対で境内の北西側、神馬舎近くに宗円の子孫である「永谷三之丞、永谷武右衛門、永谷太郎兵衛」名の石灯籠1基と、並んで立つ「奥田治兵衛」(奥田治作)名が刻まれた石灯籠1基を確認したという。

 寄進されたのは嘉永4(1851)年1月。石灯籠にはほかに住吉大社に取り次いだ「世話人」として「(宇治田原)名村 堀口源右衛門」の名が刻まれていた。

 住吉大社には海運業などで成功するなどした全国の人々が石灯籠を寄進。茨木さんは「寄進は成功した人のステータス。永谷家、奥田家の石灯籠の建立が知られていなかったことは、自慢することのなかった昔の人の奥ゆかしさを感じることができる」という。

 今回の石灯籠の確認で、茨木さんはこれまで明らかになっていなかった両家の関係や、世話人「堀口源右衛門」の存在に興味を持っており、「堀口源右衛門の存在はこれまで明らかになっていなかった。住吉大社の『神奴土佐』という高位の神職が取り次いでいるが、このような高位の神職に接触できた堀口源右衛門とはいったいどんな人物だったのか。調査、研究を進めたい」と話している。