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「生きた化石」メタセコイアに知られざる歴史 万博公園などで観察会計画

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「生きた化石」メタセコイアに知られざる歴史 万博公園などで観察会計画

 針葉樹なのに落葉する珍しい植物「メタセコイア」が吹田市の万博記念公園などで紅葉の見頃を迎えている。道路の並木や学校、公園などでよく見かける木だが、日本人が化石をもとに発見し、大阪から全国に広まったことは、ほとんど知られていない。その歴史的発見から来年で75年。昭和天皇もこよなく愛された木の知られざる歴史を知ってもらおうと、関係者が観察会などを計画している。

 「わが国のたちなほり来し年々にあけぼのすぎの木はのびにけり」

 昭和62年、昭和天皇が歌会始でお詠みになった御製(ぎょせい)。「あけぼのすぎ」はメタセコイアの和名で、戦後の荒廃から立ち直り、高度経済成長を遂げた日本を、あけぼのすぎに例えてうたわれた。

 この木を「発見」したのは、元大阪市立大学教授の三木茂博士(1901~74年)。昭和16年、岐阜県土岐(とき)市の粘土層から、欧米の研究者がセコイアやヌマスギとしていた植物の化石を見つけ、葉の付き方や「球果(きゅうか)」のウロコの並び方の違いから、未知のものであることを見抜いて「メタセコイア」(「メタ」は「後の」という意味)と名付け、発表した。

 大阪平野では約100万年前に絶滅したと考えられていたが、発表から4年後の昭和20年、その植物が中国・四川省で実際に生きているのが見つかった。当時、日本は戦後の復興が始まったばかりで、「日本人が化石で発見した植物が生きていた」と世界を驚かせたという。

 現地を調査した米国の古生物学者・チェイニー博士が種子を採集。「生きた化石」を保存するため、中国と気候が似ている日本で育成しようと、三木博士が大阪市立大に設置した保存会に苗木100本が贈られた。日本各地の大学や研究所に配布された後、挿し木で苗木を増やし希望者に配布。成長が早い上、新緑、紅葉とともに円錐(えんすい)形の樹形が美しく、街路樹などとして全国に広まっていった。

 皇居吹上御苑にはチェイニー博士から昭和天皇に献上されたメタセコイアが植えられている。大阪市立大学理学部付属植物園(交野市)には、100本のうちの1本である「導入木」が残るほか、大阪市立長居植物園(同市東住吉区)や万博記念公園などでも見られる。

 植物の化石に詳しい市立自然史博物館(同区)の主任学芸員、塚腰実さん(56)は「絶滅したはずのメタセコイアが発見されたのは戦争直後だったにもかかわらず、日・米・中の研究者が協力して保護に取り組んだおかげで世界各国に広まっている。『人類の進歩と調和』のシンボルである万博記念公園の太陽の塔の周りにメタセコイアが植えられているのは象徴的」と話している。

 来秋、75周年を記念して市立自然史博物館と付属植物園で講演会や観察会、標本展示が予定されている。