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九州に“幻”の徹底抗戦論 筑紫野の山中の地下壕に西部軍の防衛の思い

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九州に“幻”の徹底抗戦論 筑紫野の山中の地下壕に西部軍の防衛の思い

祖父が「山家建設隊」と揮毫した看板を手にする高嶋正武氏

 70年前の終戦前夜、日本の中央政府が降伏しても、九州は独立して連合国に徹底抗戦しようという動きがあった。福岡県筑紫野市の山中には、地上戦を指揮する「第16方面軍司令部」の拠点として、7本の地下壕が突貫工事で作られた。当時の資料は、ほとんど残っていないが、地元住民は証言や資料を基に、祖国防衛にかけた先人の思いを今も語り継ぐ。

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 「入り口付近には工具やワイヤの束が残っていました。内側は板張りの木の壁で覆われ、それは立派なものでした」

 今月5日午後。筑紫野市生涯学習センター(同市二日市南)で、市文化学芸連盟会長の高嶋正武氏(79)は、幼少期の記憶をたどり、60人近い住民に地下壕について講演した。

 終戦3日後の昭和20年8月18日、高嶋氏は、筑紫野・山家(やまえ)地区にあった母の実家で、祖父の国雄氏から「裏山には要塞がある」と教えられた。国雄氏は旧山家村の村長を務めた。

 ◆防空壕の数倍

 祖父の話をもとに、親類の子供らと裏山に向かった。そこには高さ3メートル、幅5メートルほどの地下壕の入り口があった。防空壕に比べ、数倍の広さがあった。堅固な岩肌を砕いて掘られており、周辺に木造の「三角兵舎」が配置されていた。

 暗闇の中を100メートルほど進んだが、怖さのため引き返した。

 その後、高嶋氏にとって、地下壕の存在は遠いものになった。幼い頃の記憶がよみがえったのは、平成5年末だった。

 自宅倉庫を解体した際、「第三地下建設部隊 山家建設隊」と墨書された高さ1・6メートルの板を見つけた。祖父が揮毫(きごう)したものだった。

 高嶋氏は祖父の日記を調べた。昭和19年12月27日に「村内には目下緊急軍事施設たる筑紫野倉庫の建設の大工事中」と記されていた。住民に地下壕は「軍需物資の倉庫」と説明されていたようだが、20年6月25日の日記では、直前の福岡大空襲(6月19日)を念頭に、地下壕を指して「西部軍司令部疎開 決戦の切迫を想はしむ」とあった。

 「西部軍」とは中国・四国・九州地方を管轄する陸軍組織のことだ。本土決戦に備えて創設された。

 西部軍は20年1月、九州全域の地上作戦を任務とする「第16方面軍」、警備や補給、地方機関との連携を任務とする「西部軍管区」に分けられたが、九州ではどちらも「西部軍」と呼ばれた。

 「本土決戦準備 九州の防衛」(防衛庁防衛研修所戦史室編集)は、国雄氏が「西部軍司令部疎開」と書いた同じ日、第16方面軍司令部が福岡城跡(現舞鶴公園)から地下壕に移ったと記している。

 同書によると山家の地下壕は、総延長は約4キロに達した。

 ◆一人でも戦う

 西部軍管区の一部に、九州が独立して、地下壕を拠点に、連合国に徹底抗戦しようという動きがあった。

 西部軍の高級武官だった谷崎直元・少将が昭和28年に残した談話によると、本土決戦となった場合、16方面軍は、大本営からの命令の寸断を想定し、独立した機能を果たすことを想定していた。西部軍独自の軍政を九州に敷く上で、法制上の課題を九州大の学者に検討させていた。

 作家、火野葦平は昭和27年に発表した「九州千早城」で、当時の生々しい動きを描いた。火野は西部軍管区が終戦直前に設置した「報道部」に所属していた。

 20年8月14日の晩。翌日正午に天皇陛下の重大放送が予定されていると伝えられた。軍幹部は、ポツダム宣言の受諾を国民に告げるものだと理解したという。

 報道部長の町田敬二大佐は、方面軍兼軍管区司令官の横山勇中将が寄宿する二日市の延寿館に向かった。その車中で町田は火野に打ち明けた。

 「たとい、中央が降伏しても、西部軍だけは降伏しない。軍司令官に逢って、その決意を促してみる」

 町田は九州に天皇陛下を迎え、徹底抗戦に出る考えだった。だが、横山中将は町田の申し出を拒否する。

 「大命となれば自分はそれに背くことは出来ない。自分は老齢であって、そんな元気がない」

 こうして、「九州独立」の構想は消えた。

 火野は町田の西部軍徹底抗戦の方針に同意していた。当時の心境をこう振り返っている。

 「降伏の屈辱と、破滅の恐怖とに耐えかねて、同調した。しかし私はそのときは真剣であったし、祖国へ全身全霊をささげる日本人としての気持に、微塵の偽わりもなかった」

 高嶋氏は「当時は一人であっても戦うという気概があった。戦前を否定する考えもあるが、祖国を守ろうとした先人の志は否定できない。祖父はその思いを残そうと、揮毫した板を孫の私に託したのでしょう」と語った。