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「親不孝」に戻したい…天神・親富孝通り若者遠のき閑散

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「親不孝」に戻したい…天神・親富孝通り若者遠のき閑散

地元店主(右)と親富孝通りを視察する書家の金沢翔子氏(中央)と母、泰子さん

 九州一の繁華街、福岡市・天神地区の通称「親富孝通り」を、旧称「親不孝通り」に復活させようと地元住民が動き始めた。非行を助長するとして十数年前に名称を変えたが、その後、皮肉にも若者の足は遠のいた。愛着のある名称で足が遠のいた若者を取り戻す狙いだ。

 約300メートルの親富孝通りには若者向けのクラブや飲食店が並ぶが、平日は昼だけでなく夜も人はまばら。近くの「天神西通り」は人気ブランドの衣料品店や飲食店が並び昼夜問わず人が往来し、にぎわいの差は歴然としている。

 親富孝通りは昭和40年代、周辺に予備校が2校あり、浪人生のたまり場だった。この頃、勉強せずに遊びに来る浪人生に喫茶店のオーナーが「親不孝者ばかり来るから親不孝通り」と冗談で言ったことが、旧称が使われたきっかけとされる。

 バブル期は九州最大級のディスコがオープンするなど多くの若者が集まる街となったが、薬物使用やけんかが目立つように。「不良少年が増える」と警察から名称変更の要請もあり、平成12年に「親不孝」の1文字を変えて標識板を設置することにした。その頃には予備校も閉鎖され、若者の姿も以前より見られなくなった。

 今年に入り地元店主らが「昔のにぎわいを取り戻すきっかけに」と旧称復活の声を上げた。

 旧称復活に動いた吉永拓哉氏(38)はDJやダンサーを目指す若者の真剣な姿勢に触れ「昔から親不孝者と自覚しながら夢を追い掛ける若者を受け入れ、応援してきた街だった。これからもそうありたい」と語った。

 標識板の書き換えを想定し、ダウン症の書家、金沢翔子氏(30)に、「街路灯の標識板を取り換える際にぜひ揮毫してほしい」と依頼した。金沢氏と一緒に通りを見た母の泰子さん(72)は「子供は親の思い通りにならず一度は親不孝者といわれる。(子供を温かく見守る)愛情深い言葉なのかも」と趣旨に賛同した。

 今後、通りに掛かる町内会など住民の了承を得た上で、早ければ来年2月にも標識板を取り換える。