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中国の慰安婦関係資料に福岡の医師「父の写真、無断使用」 自民が調査へ

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中国の慰安婦関係資料に福岡の医師「父の写真、無断使用」 自民が調査へ

父親が撮影した「楊家宅慰安所」の写真を手にする天児都氏

 世界記憶遺産登録を目指し、中国が国連教育科学文化機関(ユネスコ)に提出した「慰安婦関係資料」について、福岡市内の産婦人科医が「父が撮影した慰安所の写真が、無断で、しかも事実と異なる形で使われているのでないか」と疑問を投げかけている。自民党も問題視し、19日の党国際情報検討委員会(委員長、原田義昭衆院議員)の会合で取り上げ、事実関係の調査を始める。(九州総局 奥原慎平)

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 産婦人科医は福岡市内に住む天児都(あまこ・くに)氏(80)。父の麻生徹男氏(明治43年~平成元年)は、九州帝国大(現九州大)を卒業し、戦時中は陸軍軍医少尉として中国大陸や東南アジアに赴いた。負傷兵の手当てのほか、慰安婦の健康診断にも従事したという。

 問題となっているのは、上海にあった慰安所で映した写真。慰安婦と思われる着物姿の女性と、軍服を着た男性が写っている。麻生氏が遺したアルバムには「1938年2月7日撮影/楊家宅(ようかたく)慰安所」「各扉の上に番号と源氏名の札あり/内に入ると正面に洗場があり、各室は畳敷」とある。ネガフィルムは天児氏が保管している。

 天児氏は4月上旬、中国が提出した慰安婦関係資料を入手したという雑誌編集者から、この「楊家宅慰安所」の写真が含まれていると聞いた。

 天児氏は5月26日、「父の写真の使用を許可したことはない。この写真は慰安婦が『強制連行された』『性奴隷だった』ことを示すものではありません」など、申請を却下するよう求めた反論書をユネスコ本部(パリ)に提出した。

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 楊家宅慰安所の写真が初めて公開されたのは、昭和52年発刊の「1億人の昭和史 不許可写真史」(毎日新聞社)だった。単なる資料として掲載された。

 ところが、麻生氏が亡くなって3年が過ぎたころから状況が変わる。

 平成4年1月11日、朝日新聞が朝刊1面トップで「慰安所、軍関与示す資料」と報じた。その5日後、宮沢喜一首相が訪韓し、慰安婦問題について盧泰愚大統領に謝罪した。いわゆる従軍慰安婦が、“事実”として、問題視されるようになった。

 歩調を合わせるかのように、「楊家宅慰安所」の写真が、国内外の雑誌や書籍、展示館などで使われるようになった。天児さんに無断で使った上、「日本軍が強制連行した」「慰安婦を奴隷のように扱っていた」など、旧日本軍をおとしめる文脈で扱われるケースがあったという。

 「父は生前、強制連行や奴隷など一言も口にしていません。それでも、添えられた説明文によって、写真のもつ性格は変わってしまう。写真はしゃべることはできないんです。私と父にとっては、ほとんどが誤用でした」

 天児氏はこう憤る。

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 麻生氏は、ほかにも複数の写真を残した。

 ある写真には、「室内に於(おい)ては飲酒を禁す(ず)」「規定を守らさ(ざ)る者及軍紀風紀を紊(みだ)す者は退場せしむ」など、慰安婦を気遣うような「慰安所規定」が映っていた。笑顔で身体検査に向かう女性の姿もあった。

 だが、周囲の暴走は続く。麻生氏が慰安所を作った首謀者だとして、韓国人団体が天児氏に謝罪を要求したこともあった。

 天児氏は「父と先人の名誉回復のために、偽りの文脈で扱わうメディアにはその都度抗議してきました。中国が偽りの歴史を喧伝(けんでん)する中、日本政府にも事実に基づいた情報を持続的に発信してほしい」と訴えた。

 中国は、記憶遺産登録の申請で、証拠として提出した申請書類は全てオリジナルと主張した。今回は却下されたが、中国は韓国などと連携して、再申請する構えを見せる。もし、資料に麻生氏の写真が含まれ、中国側が主張する「強制連行」「奴隷」の証拠としてユネスコの“お墨付き”を得てしまえば、取り返しのつかない事態になりかねない。

 天児氏は「日本政府には、中国がユネスコに申請した資料の徹底公開を働きかけてもらいたい」と期待する。自民党は検討委員会で、関係者が説明を受ける。無断使用の有無など詳細を調べ、問題が明らかになれば、中国側への反論として、ユネスコに指摘する。