産経ニュース

栃木・塩谷の佐貫観音建造の藤原富正の石塔が来春完成

地方 地方

記事詳細

更新


栃木・塩谷の佐貫観音建造の藤原富正の石塔が来春完成

 塩谷町佐貫で今年3月、奥の院「大悲窟(だいひくつ)」が136年ぶりに開帳された国指定史跡の磨崖仏(まがいぶつ)「佐貫石仏」のある佐貫観音院境内に、石仏を造ったと伝わる藤原富正の石塔を建立することになった。高さ64メートルの石仏は「佐貫観音」と呼ばれ、地域に親しまれている。管理する宇都宮市篠井町の東海寺の渡辺克隆住職は「富正の石塔を通して佐貫観音の歴史を多くの人に知ってほしい」と話している。

 石仏とともに、そのルーツである富正を多くの人に知ってもらおうと、奥の院開帳で最大の支援者、大檀那(だんな)を務めた同町の造林業、斎藤俊作さん(66)ら東海寺の檀家(だんか)らが石塔の建立を決めた。

 今月2日には地鎮祭が開かれ、檀家や見形和久町長らが出席し、工事の安全を祈願した。石塔は土台を含め高さ1・8メートル。香川県産の高級墓石材、庵治石(あじいし)を使う。横に石仏に関する石材の説明板も設け、完成は来年4月の予定だ。

 伝承によると、讃岐(香川県)の郡司、富正が奈良時代の天平神護元(765)年、純金製の念持仏を手に従者5人を連れて佐貫に移り、崖に大日如来座像を彫ったのが佐貫石仏だ。その後、富正の子の富次が念持仏を納めるために奥の院を造った。

 従者5人の家系は「佐貫五家」として現代に続き、斎藤さんもその家系という。