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幻の「前橋ステーション」後世に 富沢さん、私費投じモニュメント

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幻の「前橋ステーション」後世に 富沢さん、私費投じモニュメント

 ■日本3番目の鉄道起点…5年で廃駅に

 明治17(1884)年8月20日、上野と前橋を結ぶ鉄道が開通した。その発着点「前橋ステーション」を記録し、後世に伝えようと前橋市石倉町の富沢秀機さん(73)が私費で自宅敷地内にモニュメントを設置した。4日、同地で山本龍同市長らを招いた完成披露会が開かれ、富沢さんは「近代化を進めた前橋の歴史を知ってもらいたい」と話した。

 19世紀から20世紀にかけ、生糸はわが国最大の輸出品として近代化に貢献。しかし、一大生産地の前橋から東京へは、鉄道開通以前は川舟で3日かけ、さらに横浜港を経由して米国など海外へ輸出していた。その時間短縮のため、国内3番目の鉄道が上野-前橋間に誕生すると、同間は4時間20分で結ばれ、1日3往復も可能になったという。その鉄路の起点が「前橋ステーション」だ。

 しかし、明治22(1989)年に利根川に鉄道専用鉄橋が架けられ、前橋ステーションはわずか5年で廃駅となり、役割を終えた。

 「日本で3番目の鉄道の起点で、日本近代化の先駆けである郷土の偉大な歴史を後世に伝えたい」と富沢さん始め、「前橋ステーション跡を保存する会」(曽我孝之会頭)などが、その象徴として昭和10年ごろに活躍した蒸気機関車C58の動輪を銀色に光らせ、この場に設置した。

 この日、山本市長は「シルクは日本の繁栄を支えた。モニュメントの完成を心からうれしく思う。世に広げてもらいたい」と保存する会を激励した。富沢さんも、「足を止めてもらって、皆さんに知ってもらうことが一番。これを残すことで、誇るべき前橋の歴史を知ってもらいたい」と巨大な動輪の前で感慨深そうに語った。

 今後、モニュメントには企業や個人から寄付を募りたいといい、保存する会の曽我会頭は、「市民の力でモニュメントを作ることに意義がある。教育で見に来てもらったり、歴史を知っていただけるようなものにしていきたい」と話した。(久保まりな)