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祐徳稲荷神社、不思議な白狐の言い伝え 佐賀

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祐徳稲荷神社、不思議な白狐の言い伝え 佐賀

 320年の歴史を持ち、地元住民から「祐徳(ゆうとく)さん」と親しまれる。市内を流れる浜川にかかる橋をぬけて境内に入れば、石壁山を背に、鮮やかな朱色の社殿が目に飛び込む。

 日本三大稲荷のひとつで、江戸時代の貞享4(1687)年に創建された。藤原家の一つ、花山院家の萬子(まんこ)姫が、肥前鹿島藩主の鍋島直朝(なおとも)に嫁ぐ際、花山院家が信奉していた稲荷大神の分霊をまつったのが起源とされる。姫は父から、稲荷大神の神鏡を授けられていた。

 姫が亡くなった後、そのおくり名にちなんで、「祐徳院」と呼ばれるようになった。現在、宮司を務める鍋島朝倫(ともみち)氏や長男で権宮司の朝寿(ともひさ)氏は、鍋島直朝の子孫にあたる。

 境内には山から心地よい風が吹き下ろす。緑に映える本殿や桜門など主要な建物は総漆塗りで、その美しさから「鎮西日光」と呼ばれる。本殿は昭和24年5月に火災で焼失し、同32年に再建された。社務所のある地上から約18メートルの場所に位置し、上からの眺望もよい。

 本殿から鳥居をくぐりながら約30分歩くと、「奥の院」がある。手前の「命婦(みょうぶ)社」は稲荷大神のお使いである白狐をまつっている。

 この命婦社には不思議な言い伝えが残る。

 天明8(1788)年、京都御所が火災となり、その火が御所の一角にあった花山院邸に燃え移った時、白衣の一団が現れて屋根に登り、消火にあたった。

 花山院の当主は礼を述べ、白衣の一団に「どこの者か」と尋ねた。すると、「肥前の国、鹿島の祐徳稲荷神社にご奉仕する者でございます。花山院邸の危難を知り、急ぎ駆けつけお手伝い申し上げただけでございます」と答えた。

 当主は「私の屋敷などどうでもよい。どうして御所に行かないのか」と促すと、「私たちは身分が卑しく宮中に上がることはできません」と言い、消え去った。この奇跡的な出来事を聞いた光格天皇は、白狐に「命婦」の官位を授けるよう命じた。祐徳博物館には「命婦」の文字が書かれた掛軸が所蔵されている。

 祐徳稲荷のご祭神は、農業と商業の神「倉稲魂(うがのみたまの)大神」、技芸上達などの神「大宮売(おおみやのめの)大神」、交通安全などの神「猿田彦(さるたひこの)大神」の3柱だ。年間約300万人が県内外から参拝に訪れ、九州にある神社では、福岡・太宰府天満宮に次ぐ。

 中国や韓国からの観光客も多く、近年は神社をロケ地としたタイ映画の影響でタイ人の観光客が増えている。日本の文化を楽しんでもらおうと、日本語、英語、中国語、台湾語、韓国語が書かれたおみくじをつくっており、今月にタイ語も加えた。

 権宮司の鍋島朝寿氏は「300年を超える神社の歴史の中で、私たちがお務めできる期間はわずか50年ほど。その間に新しい文化を入れ、後世につなぎたい。伝統は進化してこそ守ることができる」と語った。 

 春は桜、夏はショウブ、秋は紅葉、冬はロウバイと、どの季節も魅力がある。 (九州総局 高瀬真由子)

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 ■祐徳稲荷神社

 佐賀県鹿島市古枝。JR肥前鹿島駅から祐徳バスで約15分。一般参拝は24時間可能。祈祷は午前8時半から午後5時。問い合わせは同神社(電)0954・62・2151。