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大野城のプラッツ、介護ベッドの常識打ち破る

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大野城のプラッツ、介護ベッドの常識打ち破る

製造した介護ベッドの寸法の検査をするプラッツベトナムの工場

 厚生労働省の推計によると、40年後(2055年)、日本の総人口に占める65歳以上の高齢者は39・4%に達する。こうした現状を見据え、需要拡大が見込める介護ベッドメーカーを目指し平成4年に創業した。

 当時、介護ベッド業界はパラマウントベッドやフランスベッドといった大手が8~9割のシェアを有する寡占市場だった。そこに風穴を開けるきっかけが、福山明利社長(57)のアイデアだ。

 従来の製品はリクライニングや食事用テーブル、転倒防止柵など機能は充実しているが、白いパイプ製のものが主流だった。その上、価格は1台30万円前後と、かなり高額だった。

 「どんなによい商品でも、高くて買えないなら意味がない。子や孫が買ってあげられる価格で、しかも高品質なものにしたい」

 機能を絞り込み、人件費や資材が安い台湾などの企業に製造委託してコストを下げた。デザインにも気を配り、全体を木目調に仕上げ、介護ベッドのイメージを一変させた。

 小売価格9万9800円を実現し、画期的な介護ベッドとして注目を集めた。

 その後も次々と、介護ベッドの常識を打ち破った。

 日本の高齢者の多くは、畳に布団を敷いて寝ている。しかし、足腰が弱くなれば、布団から起き上がるのは一苦労だ。そこで畳がリクライニングする介護ベッドを日本で初めて開発した。

 また、眼鏡や本、ティッシュ箱などを置くスペースを備えた「宮付(みやつき)ベッド」も導入した。通常のベッドなら当たり前の機能だが、それまでの介護用にはなかった。介護者の清掃の手間を考え、ホコリがたまるような部分をできるだけ減らすように作られていたからだ。

 常識を打ち破る、まさに「コロンブスの卵」といえる発想だった。

 「大手は戦車、おれたちの武器は竹(たけ)槍(やり)だけ。でも使う人の身になって、それに応えるものを作れば必ず勝てる」

 福山氏は当時10人程度しかいなかった従業員にこう話し鼓舞した。

 平成12年にスタートした介護保険制度も追い風になった。要介護認定者はレンタル介護ベッドが1割負担で利用できるようになり、需要が急増した。

 レンタル用介護ベッドも開発した。

 平成10年度に6億4千万円だった売上高は17年度は23億6千万円と4倍近くになった。株式上場に向けた準備もほぼ整っていた。

 ところが18年、危機が訪れる。

 当初の想定より利用者が増え、保険料負担が膨らんだため、介護保険制度の見直しが実施された。

 当時、レンタル介護ベッドの保険適用による利用者は70万人だったが、軽度要介護者が対象から外され、48万人まで減少した。余ったベッドは、すべてレンタル会社に返却される事態となった。

 大手ベッドメーカーも同様だが、窮地に陥った。18年度から3期連続の最終赤字となり、福山氏は「倒産」を覚悟した。

 立て直しには、改革を断行するしかなかった。

 まず、介護ベッド以外に手がけていたリハビリや健康機器から手を引いた。ベトナムやマレーシア、中国などに広がっていた委託製造拠点をベトナムに集約させるなど、大幅なリストラに取り組んだ。

 軽度な要介護者への保険適用がなくなったことはプラッツを苦境に追いやった。半面、要介護者の自己負担の増加に伴って、高機能かつ低価格な「プラッツ製」へのニーズが高まったのだ。大手の販売会社からも声がかかるようになり、徐々に業績は回復した。

 体質強化策として、24年には、ベトナムにベッドの組み立てや品質検査を担う子会社「プラッツベトナム」を設立した。コストカットだけでなく、不具合商品をほぼなくすことができ、信用度向上につながった。

 業績好調を背景に、今年3月、2度目の挑戦で、念願だった東証マザーズと福岡証券取引所のQボードへの上場を果たした。

 在宅用介護ベッドの出荷台数の国内シェアは3割まで上昇した。27年度の売上高は過去最高となる50億円を見込む。

 今、プラッツの目は海外に向く。国内市場も伸びる余地はあるが、成長を持続させるには海外への販路拡大が欠かせない。経済成長著しいアジア各国は、今後、日本の後を追うように高齢化が進む。特に中国は一人っ子政策のあおりで、家庭での介護が困難となり、高齢者施設が増える。巨大な市場だ。

 このチャンスを逃すまいと、今春に中国で委託製造を始め、9月には上海に販売会社を設立した。

 高齢化は日本社会の大きな課題だが、そこで誕生する産業もある。九州発祥の企業がまた一つ、世界ブランドに成長してきた。(九州総局 津田大資)

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【会社概要】プラッツ

 平成4年、九州和研として創業。7年にドイツ語で広場を意味する「プラッツ」に社名を変更した。現在、北海道や東北、東海、関東、関西、中四国に営業所や支店を持つ。24年に子会社「プラッツベトナム」を設立した。従業員は約300人(連結)。本社所在地は福岡県大野城市仲畑2の8の39。