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兵庫・洲本で「正風会」8月例会 「松帆銅鐸が語る日本の建国」テーマに本紙・渡部論説委員が講演

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兵庫・洲本で「正風会」8月例会 「松帆銅鐸が語る日本の建国」テーマに本紙・渡部論説委員が講演

正風会例会で「淡路島・松帆銅鐸が語る日本の建国」をテーマに講演する産経新聞の渡部裕明論説委員=洲本市山手

 ■海岸近くに埋納、その意味は

 淡路島で活躍する各界の代表者らの異業種交流会「正風会」(事務局・産経新聞洲本支局)の8月例会が18日、洲本市山手のホテル「夢海游」で開かれた。産経新聞社の渡部裕明論説委員(65)が「淡路島・松帆銅鐸が語る日本の建国」をテーマに、今年5月に南あわじ市松帆地区で見つかった弥生時代中期の銅鐸7個についてその役割などについて講演した。

 銅鐸の使われ方について渡部論説委員は「今のお金にして1億円とか1千万円とかかかる貴重品。音を鳴らして稲の豊作を祈るなど信仰のためだったと考えられる」と話し、稲作の普及で社会が安定して集落で購入していたと解説した。それだけ高価なものが埋納されていることも「今なら売ったり、鋳つぶして別のものを作ったりする。埋めることに何らかの意味を見いだしている」とし、多くの銅鐸が鰭(ひれ)と呼ばれる側面を上にして複数で埋納されていることを紹介した。

 集落から離れた山腹に埋められていることが多いが、松帆銅鐸は海岸近くに埋納されていた。「ほかと違う。どういう意味があるのか考えないといけない」と松帆銅鐸の特徴を指摘した。

 弥生時代中期に鉄器が入ったことから渡部論説委員は「便利な道具は本当に速く伝わる。鉄器に変わるのをきっかけに、(銅鐸が)埋められたのではないかと私は考えています」。朝鮮半島から鉄を運ぶネットワークが築かれ、国としてのまとまりが加速し、やがて邪馬台国の時代を迎える流れを解説した。

 淡路島ではこれまで21個の銅鐸が見つかっているが、「まだ見つかっていないものを含めて100~200個あると考えられており、集落の数から多すぎる。淡路島に何か意味があるのではないか」と指摘。また淡路市には弥生時代後期に鉄器がつくられていた五斗長垣内(ごっさかいと)遺跡があり「淡路島の特性、瀬戸内海の水上交通で近畿への入り口だった意味合いを感じる」と淡路島が銅鐸や鉄のネットワークの結節点だった可能性を示した。