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【戦後70年 千葉の出来事】君津神野寺・トラ脱走 住民、1カ月間「恐怖の夏」

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【戦後70年 千葉の出来事】
君津神野寺・トラ脱走 住民、1カ月間「恐怖の夏」

 君津市で昭和54年8月、寺で飼われていた2頭のトラがおりから脱走した。うち1頭は警察官や消防団、猟友会員など延べ計約7700人を動員した大捜索網をかいくぐり、約1カ月間にわたって周辺の山林を逃走。民家の飼い犬を食い殺すなどし、市民らはトラの襲撃におびえる恐怖の夏を過ごした。

 ■おりから逃走

 事件の舞台となったのは君津市鹿野山の名刹(めいさつ)、神野寺(じんやじ)。当時、同寺は動物好きの住職がトラやクマなどを集め、地元住民らから人気を集めていたという。飼育係が8月2日夜、おりの鍵が外れてトラ12頭のうち3頭がいないことに気付き、翌3日未明に県警に通報した。1頭はすぐ発見されたが、1歳のオスとメスの2頭が姿を消した。

 子トラとはいえ、体重約100キロ、体長約1・5メートル。人々を恐怖に陥れるには十分な大きさだった。未曽有の事態に県警は急遽(きゅうきょ)、現地対策本部を設置。警察官や消防団、猟友会など計約500人をトラの捜索に動員した。周辺住民(80世帯、240人)には外出禁止令が出され、市内には「トラが脱走しました」という有線放送が流れた。

 ■射殺に批判

 「『いたぞ!』という仲間の声の後、すぐに発砲音が聞こえ、続けて何か重たいものが水の中に倒れる音が聞こえた」。メスのトラは逃走2日後の4日朝に射殺され、君津猟友会の初津昭一さん(72)も現場近くにいた。

 メスのトラが発見されたのは寺近くの山中だった。銃声を聞いた初津さんが駆けつけると、トラは沢のなかに巨体を横たえ、息絶えていたという。初津さんは子供を連れて寺にトラを見に行ったことがあるといい、「まさか自分たちが撃つことになるとは思わなかった」と話した。

 だが、トラを射殺したことで思わぬ波紋が広がった。全国の動物愛護団体などから「射殺するな」「かわいそうだ」と多数の苦情が寄せられ、初津さんによると、「射殺した猟友会員の家では苦情の電話が鳴りやまなかった」という。寺側もトラの射殺に反対し、捜索隊の士気に大きく影響した。

 ■民家の犬が…

 射殺か生け捕りか。方針が分かれたまま続けられた別の1頭の捜索は難航した。11日には県警が警察官や消防団・猟友会員ら計約2800人を動員して大捜索を実施したものの、発見には至らず、県警は同日、事実上の捜索中断を発表した。

 しかし、28日早朝、寺から南東に約4キロ離れた民家の犬がトラに襲われた無残な姿で見つかり、「住民への被害が出る前に射殺しなければ」という気運が高まった。県警の中からえりすぐりの射撃技術を持つ「トラ捜索選抜隊」と同猟友会員らが足跡などをたどって山中を捜索し、茂みの向こうにトラの影を発見。同午後0時20分ごろに射殺した。トラの影におびえる長い夏が終わった。

 同猟友会の相葉武己さん(86)は「夢中で撃った。倒れたトラを見た瞬間、これでやっと終わったと思った。長い猟友会の経験の中で、トラを相手にしたのはこれが最初で最後だった」と話した。

 ■条例制定が加速

 おりの鍵について、寺側は一貫して「施錠していた」と主張したが、県警は現場検証の結果、鍵はかけられていなかったと判断した。寺は残ったトラなどを北海道の動物園に引き渡し、猛獣の飼育をやめた。

 この事件をきっかけに、国は危険動物の飼育の規制強化に動いた。県衛生指導課によると、環境省はこの事件を受けて同年8月に各都道府県知事らに対し、猛獣などの危険動物の飼育・保管に関する条約の制定を急ぐよう通知。本県も11月に「危険な動物の飼養及び保管に関する条例」を施行した。

 全国でも類を見ない一夏のトラ騒動は、県史と県民の記憶に深い“爪痕”を残し幕を下ろした。(中辻健太郎)