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【戦後70年 千葉の出来事】成田闘争(下) 公共事業のあり方一変

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【戦後70年 千葉の出来事】
成田闘争(下) 公共事業のあり方一変

 今年2月には空港建設で昭和46年9月に強制収用されて以来、約43年間補償されないままになっていた故小泉よねさんの宅地などについて、NAAが遺族の補償に応じることで合意し、国や県とともに謝罪した。5月にはB滑走路南側の進入灯に隣接する土地の所有者との間で売買契約が締結された。

 さらに7月31日には、地元経済界などが要望してきた第3滑走路建設について、国土交通省の田村明比古航空局長が「成田国際空港推進議員連盟」の総会で前向きな姿勢を表明。新しい時代に向けて状況はなお動き続けている。

 当初、農民らの反対運動を応援した元社会党県議の小川国彦氏(82)は、国会議員を経て平成7年に成田市長に就任。その後は成田空港を生かした地域発展を目指し、反対派の説得に回った。「膝をつき合わせて話すと『このまま反対し続けていいのか』と悩む住民もいた」と状況の変化があったことを明かした上で、こう指摘する。

 「国や県、空港側はなぜ最初から話し合いで解決を図らなかったのか。反対派への説明が不十分で、強制的に排除しようという行動が結果的に反対派を過激化させた。成田闘争はそれまで強制的に進めることが当たり前だった公共事業のあり方を一変させた」