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【日本の源流を訪ねて】二本煙突(福岡県田川市)

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【日本の源流を訪ねて】
二本煙突(福岡県田川市)

 ■月を“隠した”筑豊のシンボル

 2本の大きな煙突は、炭鉱の盛衰をみてきた。炭坑節で「あんまり煙突が高いので さぞやお月さん煙たかろ」と歌われた炭鉱遺産だ。

 煙突がそびえる場所は今、石炭記念公園となっている。この場所にはかつて、筑豊の主要炭鉱として栄えた三井田川鉱業所伊田坑があった。煙突は明治41年3月に完成した。第一煙突、第二煙突とも、高さは45・45メートルで現存する明治期のものとしては国内で最大級の規模を誇る。

 「黒いダイヤ」と呼ばれた石炭を目指し、ヤマの作業員は地下約300メートルの深さまで、ケージと呼ばれるカゴでまっすぐに降り、そこから掘り進められた採掘場に向かった。地上と地下を結ぶケージは蒸気で動いていた。煙突の前に12基あったボイラーで作られた蒸気が捲揚(まきあげ)機に送られ、タービンを回し、ケージを上下させた。巨大煙突の役割は、ボイラーから出る煙の排出だった。

 採炭の最盛期、2本の煙突からは黒煙が絶えず上がり続けた。昭和20年から39年の閉山まで坑内で電気機械の修繕を担当し、炭坑写真を撮り続けた福岡県赤村の橋本正勝さん(88)は「煙で洗濯物はいつも汚れていたが、きたないという人はいなかった。『石炭が国を支えている』という気持ちがみんなの心にあったからだろう」と語った。橋本さんの脳裏には危険と隣り合わせの中で「炭を出せ、炭を出せ」と働いた人々の姿が今も残る。

 昭和26年に捲揚機が電動に変わってからは、蒸気ボイラーは近くの病院や風呂への温水供給用に使われ、39年の閉山で役目を終えた。

 煙突には計21万3千枚もの耐火レンガが使われている。老朽化で少しずつはがれ落ちたが、旧産炭地のシンボルとして田川市が補修工事を行い、今日に至る。

 今月、日本の近代化を牽引(けんいん)した九州などの施設で構成される「明治日本の産業革命遺産」の世界遺産登録が決まった。

 二本煙突も当初、「九州・山口の近代化産業遺産群」の一つとして世界遺産暫定リスト入りを目指していた。しかし「ボイラー室など付帯施設が残っておらず、全体の状況が分からない」との理由で構成資産から外れた。世界遺産登録の高揚感も観光客も、二本煙突の周囲にはない。

 だが、二本煙突が日本の近代化の一翼を担ったのは間違いない。

 「施設の一部が残っていないことは残念ですが、この地域が重要な役割を果たしたことは変わりがない。二本煙突は筑豊の象徴です」

 田川市石炭・歴史博物館の学芸員、藤本和美さん(34)はこう語った。

 田川市などは、産業革命遺産の登録記念イベントとして、11月29日まで、写真展や炭鉱ゆかりの地を歩く「チクホウフォーカス2015」を開いている。期間中、二本煙突は午後6時~10時にライトアップされる。

 もう、煙で月が隠れることはないが、煙突を見上げながら人々がにぎわう姿は、今も昔も変わらない。(高瀬真由子)

                  ◇

【用語解説】二本煙突

 田川市伊田の石炭記念公園内にあり、JR田川伊田駅から徒歩8分。平成19年に国の登録有形文化財となった。近くには炭坑の歴史を紹介する田川市石炭・歴史博物館(月曜休館)がある。