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【想う】7月 飯舘電力社長・小林稔さん(62) 自然エネルギー普及へ奔走

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【想う】
7月 飯舘電力社長・小林稔さん(62) 自然エネルギー普及へ奔走

 ■「村の土地でできることはある」

 東日本大震災後、故郷の福島県飯舘村、東京電力福島第1原発事故で避難した宮城県蔵王町、新たに酒米作りを始めた福島県喜多方市を往復する日々が続いている。昨年からは自然エネルギーを供給するために村民有志で設立した「飯舘電力」の社長に就任した。

 震災後から走り続けているが、こう言い切る。

 「飯舘で牛をやったり農業をやったり、仕事をするのは当たり前のことだった。いつも動いていたい」

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 飯舘村で30年以上農業を営んできた。和牛の肥育農家として30頭以上を飼い、米作りにもいそしんできた。

 震災後に原発事故が起き、飯舘村に避難指示が出る前の平成23年3月20日、知人を通じて見つけた蔵王町の牛舎に牛10頭を避難させた。原発事故の影響で出荷停止の措置があると考えての判断だった。

 「口蹄(こうてい)疫やBSE(牛海綿状脳症)などは収束するけど放射能は難しいと思った。2回目の水素爆発が起きたとき、牛をすぐに避難させるようにした」

 同年4月19日に家族で蔵王町に避難するまで、飯舘村から約70キロの道を通って牛の世話を続けた。

 その年の秋になって、大和川酒造(喜多方市)で作っていた飯舘村の地酒ブランド「おこし酒」を復活させようという話が持ち上がった。飯舘村産の酒造好適米「アキヒカリ」を100%使っていたが、村民が喜多方市で酒米を作れば、以前のように「おこし酒」として売り出せることになった。

 「毎日飲んでいたお酒だったので、また飲みたいと思ったし、また米作りをしたかった」

 すぐに大和川酒造の社長、佐藤弥右衛門さんと会い、24年の春から喜多方市で田んぼを借りて栽培を始めることにした。蔵王町の牛舎は長男に任せ、妻と2人で同市内にアパートを借り、酒米作りに専念することにした。

 「喜多方は気候がよくて飯舘の米作りとは違っていた。飯舘で8俵とれるところ喜多方では9俵とれる。火入れ前のたるから出した酒はおいしかった」

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 昨年からは新たな取り組みも始まった。「飯舘電力」だ。原発事故以降、自然エネルギーを普及させようと24年に「会津電力」を立ち上げていた佐藤さんが設立を持ちかけた。土地探しから始まり、地権者との交渉がようやくまとまって村内に太陽光発電1500キロワット分の発電用地を確保した矢先、東北電力などが自然エネルギーの接続を中断し、一時は暗礁に乗り上げた。

 しかし、メンバーで話し合い、規模を縮小し、約50キロワットの発電所をつくることに決めた。今年2月から売電を始めている。

 「前に出ていくのは好きじゃないので社長はやりたくなかったが、村民の誰かがやらないわけにはいかないのでそんなことは言っていられない」

 そんな思いで社長を引き受けた。副社長には佐藤さんが就任。売電価格の引き下げなど懸念することはあるが、今年中には設置場所を15カ所以上に増やす予定だ。

 今年は米作りと牛の肥育に加え、飯舘電力の社長業もある。忙しく駆け回りながらも、帰村後にも思いをはせる。

 「山の除染はしないし、土地もやせてしまって、食べ物は当分作れない。しかし、バイオマス(植物由来資源)や風力など村の土地を使ってできることはある。とりあえず草刈りをしないとね」

 そう話し、軽トラックで蔵王町から福島市に向かった。(大渡美咲)

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【プロフィル】小林稔

 こばやし・みのる 昭和27年、福島県飯舘村生まれ。県立農蚕高校卒業後、同村で和牛肥育や米作りに励む。東京電力福島第1原発事故で宮城県蔵王町に避難。昨年9月、飯舘電力社長に就任した。