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亡夫撮影の路面電車のアルバムを市立博物館に寄贈 和歌山市の中川さん

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亡夫撮影の路面電車のアルバムを市立博物館に寄贈 和歌山市の中川さん

 「撮りためた写真は、71年間の人生を生きた証し。だから残したい」。そう言って約2カ月前に膵臓(すいぞう)がんで亡くなったアマチュア写真家、中川隆人さん(71)=和歌山市木広町=の市電の写真アルバムを、妻の聖子さん(72)が同市立博物館に寄贈した。40年以上前の市内のにぎわいが路面電車とともに記録され、往時を物語る貴重な資料に。聖子さんはこの10年間、ローカル線などの撮影に“助手”として同行したといい、思い出に包まれた写真は夫婦の歩みでもあった。(地主明世)

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 寄贈されたアルバムは廃線直前の昭和45~46年の市電の写真で、3冊分。表紙には、隆人さんによる市電の手描きイラスト、「和歌山市駅前より」と書かれたページには、市電の写真のほか、駅前からぶらくり丁や丸正百貨店に至る路線図を細かく記載。「日曜日などは多勢の買物客で活気に満る」とも書かれていた。

 和歌山で市電が誕生したのは明治42年。当初は人が張り付くように乗り込んでいたといい、戦火も乗り越えて市民の生活を支えた。しかし、車社会の到来で黒潮国体が開催された昭和46年に廃線となった。同館の額田雅裕館長は「市内の風景も一緒に写っており、当時の景観を知るための歴史的資料としても価値が高い」と指摘する。

 中学の同級生だった隆人さんと聖子さんが結婚したのは昭和40年。聖子さんはソフトボールで世界大会に出場するなど活躍し、県職員だった隆人さんは、休日に車で全国のローカル線をめぐっては写真を撮り続けた。

 聖子さんが撮影に同行し始めたのは10年ほど前のこと。「撮り終わったら温泉に連れて行くから」という隆人さんの誘いがきっかけだった。「電車がここに来たら撮って」。沿道に三脚を立て、隆人さんからのアドバイスに慣れない手つきでシャッターを押したという。

 「今となっては車中泊も懐かしい。自然に囲まれた場所をローカル線がのんびり走る景色が好きだったのだと思います。列車の時間まで何時間でも待っていました」

 こうして撮影した写真は丁寧にアルバムに収められ、自宅の階段にびっしりと並んでいる。隆人さんは今年2月に病気が発覚したが、入院中も写真の行方を案じ、友人に声をかけて整理などを頼んだ。県北部を走っていた有田鉄道の写真は、ベッドから電話をかけて寄贈先を探し、実現したときには「思いがかなった」と喜んだという。

 廃線となった全国のローカル線の写真も数え切れない。「『これだけは絶対に寄贈してほしい』と言われているので、きっちり果たしたいと思っています」。聖子さんは今も、亡き夫とともに鉄道写真と向き合っている。