産経ニュース

劣化進む軍艦島全棟調査へ 日本建築学会、9月から 補強工事に来年試験着手 長崎

地方 地方

記事詳細

更新


劣化進む軍艦島全棟調査へ 日本建築学会、9月から 補強工事に来年試験着手 長崎

高層建物が密集した独特の外観から「軍艦島」と呼ばれる端島炭坑

 国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界文化遺産登録を目指す「明治日本の産業革命遺産」の一つ、長崎市の端島炭坑(通称・軍艦島)をめぐり、日本建築学会(会長、中島正愛(まさよし)・京都大防災研究所教授)が、9月に島内の全建築物の調査に乗り出すことが24日、分かった。崩壊の危機にある国内最古の鉄筋コンクリート造りの高層アパートを含めて、劣化状況を入念に調べた上で、来年にも試験的な補強工事に着手する。

 明治23(1890)年以降、本格的な採炭が始まった軍艦島は、炭鉱作業員とその家族が移住し、“都市”として急発展した。建設ラッシュも起き、大正に入ると、国内では当時の最先端技術であった鉄筋コンクリートの建物が建つようになった。

 だが、築100年にも達する建築物は劣化が進む。昭和49年から無人となり、補修・補強工事が施されないまま、波風にさらされているからだ。

 このため、ユネスコの諮問機関「国際記念物遺跡会議」(イコモス)は5月、「明治日本の産業革命遺産」の世界遺産登録を勧告する文書で、軍艦島について「緊急の保全措置計画と長期的な保全戦略の策定」を求めた。

 長崎市も軍艦島の現状を憂慮し、イコモスの勧告前から、こうした保全計画の策定を始めており、今年度中にまとめる。

 市は、保全計画策定の資料として、日本建築学会に調査を委託した。同学会は、今後2年ほどかけて、保存整備の方法を検討する。その前段階として、9月12日から、30人規模で現地調査を実施することにした。

 全ての建物を対象に、コンクリートや内部の鉄骨の腐食具合や強度を調べ、補強・補修の可能性を探る。

 合わせて学会として来年にも、大正7(1918)年の鉄骨コンクリート造りのアパート「16号棟」(9階建て)の一部で、補強工事を試験的に施し、経過を調べる。

 床から梁の間に、壁替わりに補強用のフレームを積み上げたり、コンクリートに、特殊な樹脂を注入し強化するなどの手法を考えている。

 ◆全体保全に158億円?

 軍艦島の保全で、特に注目されるのが、大正5(1916)年に建てられ、国内最古の鉄筋コンクリートの高層アパート「30号棟」だ。

 その威容で軍艦島の象徴となっているが、劣化が著しく、崩壊の危機にある。しかも、住民の居住施設である「30号棟」は、「産業遺産」の指定エリアから外れており、イコモスは保全を求めていない。

 所有・管理者である長崎市も「現在の技術では保存困難」とさじを投げかけたが、「30号棟」は軍艦のような、島独特の景観の一部となっている。

 そこで市は、こうした「居住施設」についても、技術的には困難だが、可能な限り保存すべきだと判断している。

 技術的な難しさに加え、保全の障害となるのが、資金だ。

 長崎市は護岸や炭坑をはじめ、島全体を現状のまま保存整備するには、158億円が必要だと試算した。世界遺産の保全義務は所有者にあるが、軍艦島は平成26年10月に国の史跡に指定されており、保全費用の50%は国が負担し、残りを市や県で負担する。とはいえ、長崎市の一般会計の予算規模は2141億円(27年度当初)であり、保全の費用負担は小さくない。

 こうした費用について、長崎市は、一般の寄付を募ることも検討している。

 ◆保全進まなければ…

 世界遺産の保全には、どの自治体も手を焼く。平成8年に世界文化遺産に登録された原爆ドーム(広島市)も例外ではない。

 レンガ造りの建物を鋼材で支え、レンガのひび割れは樹脂でふさいでいる。それでも、風雨による劣化は避けられず、上部にモルタルや鉛板をかぶせている。

 また、せっかく世界遺産になっても、保存対策が進まなければ、「危機にさらされた世界遺産リスト」に登録されかねない。

 文化庁によると、パナマの「カリブ海沿岸の要塞群」が2012(平成24)年、「風化で倒壊する危険があるが、10年以上、保存策を求められながら放置された」として、危機遺産リストに登録された。この状況が続けば、世界遺産登録の取り消しという事態も想定されるという。

 軍艦島の保全も決して楽観できない。

 長崎市は今月1~3日、コンクリート建造物の専門家を集めた国際会議を開き、保全策を探った。

 同会議の議長を務め、9月からの軍艦島調査にも参加する東大大学院工学系研究科の野口貴文教授(建築材料学)(53)は「すべてを現状保存するなら、島全体をすっぽり覆うドームを作るしかない。だが、それは非現実的であり、さまざまな手法を組み合わせて、島内の施設が長持ちするよう最善の方法を見極めたい」と語った。

                   ◇

【用語解説】端島炭坑(軍艦島)

 長崎港の南西約19キロにある島。外観が旧日本海軍の戦艦「土佐」に似ており、「軍艦島」と呼ばれるようになった。明治23年から昭和にかけて、三菱財閥の下で、海底炭鉱の島として栄えた。昭和35年には6・3ヘクタール(東京ドーム1・3個分)の島内に約5300人が暮らした。49年に閉山した。島の南東部に位置する炭坑部分と、島周囲の護岸が、「明治日本の産業革命遺産」の構成資産として、世界遺産登録を待つ。