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【県立浦和図書館物語】(4)「1館集約」 変わる役割

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【県立浦和図書館物語】
(4)「1館集約」 変わる役割

 昭和35年に改築された埼玉県立図書館(現県立浦和図書館)は、閲覧席がそれまでの110程度から300以上へと増え、子供連れで立ち寄れる「母親読書室」の新設、視覚障害者向け点字図書の充実など、機能が大幅に強化された。

 53年刊の「思い出の図書館」には、母親読書室について「自分の書架がそこにあるようにゆたかであった。(中略)女の人に親しみ深い一室が特に用意されたようなことは、ここにも戦後の世の中の変化があったのかと私には感慨深かった」とする主婦の文章が載っている。

 ◆狭さ

 改築から55年がたった今年、浦和図書館は閉館する。この間に、何があったのか。

 利用者数は36年度に23万人、ピークの平成7年度には31万人を数えた。昭和45年に熊谷、50年に川越、55年に久喜にそれぞれ県立図書館が新設され、平成11年度には4館合わせた利用者が104万人に達した。

 しかし、県生涯学習文化財課によると、8年には浦和図書館の廃止を視野に入れた県立図書館の「1館集約」について議論が始まっていた。その最大の理由は、各館の「狭さ」だ。

 県立図書館はいずれも延べ床面積が5千平方メートル以下で、全国平均の1万平方メートルを大きく下回る。また、熊谷以外は7年の阪神大震災後に設けられた耐震基準を満たしていなかった。

 9年には現在のさいたま新都心への新館建設構想も持ち上がったが、実現しなかった。

 ◆利用者半減

 15年、将来の統合を視野に川越図書館が廃止。残る3館の蔵書を、浦和=社会科学・産業▽熊谷=歴史・哲学▽久喜=科学・芸術-に分けることで収蔵スペースの効率化が図られた。ただ、利用者からは「ほしい資料が違う館にあって使いづらい」という声も上がったという。

 利用者数は25年度に浦和が14万人で、3館総計とともにピーク時から半減した。同課によると、背景には市町村立図書館の整備があり、昭和55年の59館から今年度は170館にまで増加した。一方、インターネットの普及で「調べる」行為自体が大きく変わった。現図書館長の岡直樹さんは「県民が県立図書館に求めるものは時代とともに変化していくはず。図書館も少子高齢化や情報通信技術の高度化に対応して、変わり続けることが必要だ」と理解を求める。

 県はサービス低下を防ぐため、県庁近くの県立文書館に資料の貸し出し・返却ができるサテライト(分館)設置を検討。1館集約については25年9月の県議会で、上田清司知事が熊谷に建設予定の北部地域振興交流拠点施設が候補と明らかにしたが、時期などは未定だ。

 ◆惜別

 長年の利用者からは廃止を惜しむ声が聞かれる。鴻巣市から教育学の研究のため通っていたという佐藤正八さん(75)は、最寄りの熊谷より便利だとして「学術的な集まりなどで人が集まるのは結局、浦和。文化の中心である県都には、中心的な図書館があってほしいという気持ちもある」と話した。

 27日、休館日だった浦和図書館内では、通常業務に加えて、廃止後の本の移動計画を立てる職員らの姿が見られた。

 「全部の本を完全に移動するまでには数カ月かかる。準備が大切です」と主席司書主幹の萩原俊文さん(55)。萩原さんは約30年の間、県立図書館の司書を務めた。「歴史のある建物だし、思い出もたくさんある。やはり寂しいです」と、床から天井まで本で隙間なく埋められた書庫を見渡した。=おわり(菅野真沙美が担当しました)