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【神奈川のノーベル賞候補 新春インタビュー(1)】水島公一さん リチウムイオン2次電池 苦肉の方向転換「福」招く 「東芝リサーチ・コンサルティング」エグゼクティブフェロー

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【神奈川のノーベル賞候補 新春インタビュー(1)】
水島公一さん リチウムイオン2次電池 苦肉の方向転換「福」招く 「東芝リサーチ・コンサルティング」エグゼクティブフェロー

「東芝リサーチ・コンサルティング」の水島公一エグゼクティブフェロー

 「ええっ」

 思わず驚きの声を上げ、すぐにグッドイナフ教授に報告した。実験開始から約半年後のことだった。

 電池としての利用に適した物質は、お菓子のエクレアに似た層状の結晶でなければならない。層と層の間に電荷を帯びたリチウムが出入りすることで、電池の充電と放電を繰り返すことができるからだ。リチウムがたくさん入っていると放電しきった状態で、リチウムを取り除くと充電された状態となる。

 何度も行う充電や放電に耐えるためには、リチウムの出し入れを繰り返しても結晶が壊れない物質を見つける必要があった。最終的に見いだされたのは、このときに見つけたコバルトの酸化物だったが、そこに至る道程は決して平坦(へいたん)ではなかった。

 ■研究室で爆発

 東京大で磁性(磁気)に関する研究の行き詰まりを感じていた水島さんが、世界的な研究者として知られたグッドイナフ教授の招きでオックスフォード大に留学したのは52年12月、36歳のとき。

 当初は、正極の材料として酸化物ではなく、硫化物を想定していたが、同大での研究開始から間もなく一つの事件が起こった。好意で使わせてもらっていた隣の研究室の電気炉を「ポン」という音とともに爆発させてしまったのだ。

 幸いけが人は出なかったが、室内に硫黄と燐(りん)の蒸気を充満させてしまった。この大騒ぎ以後、この研究室へは“出禁”となり、硫化物の研究は困難に。そこでグッドイナフ教授の助言もあって、安全に合成できる酸化物での実験にシフトし、その結果たどり着いたのがコバルト酸リチウムだった。

 「酸化物で電池を作ろうなんて、当時は誰も思わなかった。爆発という出来事があり、さらに自分が電池の専門家ではない門外漢だったのでできた」

 水島さんは、“運命のいたずら”を振り返る。

 ■継承された成果

 研究成果は55年に論文として発表。英国から帰国して東芝に入社し、その後は川崎市幸区にある同社研究所で磁性デバイスなどの開発に従事し、電池からは距離を置いた。

 一方で、水島さんの成果を受け継いだ研究が進み、対(つい)となる負極の材料を見いだしたのも日本人だった。58年、旭化成の吉野彰フェロー(66)が、電気を通すプラスチック(導電性ポリアセチレン)を負極に用いたリチウムイオン2次電池の原型を開発。その後より有効な炭素材を用い、平成3年、世界初の実用化にこぎつけた。

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