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飯塚悟史投手、「ベイの一番星」となれ 「松坂さんと投げ合いたい」 新潟

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飯塚悟史投手、「ベイの一番星」となれ 「松坂さんと投げ合いたい」 新潟

 昨夏の甲子園で県勢2度目の準決勝進出を果たした日本文理。その立役者のエース、飯塚悟史投手(18)は横浜DeNAベイスターズにドラフト7位指名された。県出身高校生がドラフト指名を受けるのは高橋洸選手(巨人)以来3年ぶり。新年を迎え、プロでの意気込みを語った。(市川雄二)

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 ◆呼ばれてホッとした

 --ドラフト指名されたときの気持ちは

 飯塚投手「最初なかなか呼ばれなくて無理かなと思ったけど、最後に指名されて正直ホッとした」

 --背番号30について

 「仮契約のときにいわれて少しびっくりした。7位指名なので若い番号をもらっていいのかなと。重圧を感じないようにしてこの番号が似合う選手になろうと思っている」

 --中畑清監督の印象は

 「元気で熱い方だとテレビを見て分かっていたが、実際そのまま。不思議なパワーを感じる」

 --いつプロ入りを意識した

 「小学生の頃から、『プロ野球選手になる』とずっと言っていた。中学で、全国大会準優勝などの実績を出せて、高校に行って本気でプロを目指したいと思った。甲子園で勝ちたいというのが一番だったので日本文理を選んだ」

 --憧れた選手は

 「日本で投げていた頃の松坂大輔投手(西武、大リーグ・ボストンレッドソックスなどを経て今年から福岡ソフトバンク)。その後、ダルビッシュ有投手(北海道日本ハム、大リーグ・テキサスレンジャーズ)がメジャーなどで投げるのを見て、なおさら憧れたし、プロ野球選手になりたいと思った」

 --松坂投手は9季ぶりに日本球界へ復帰する

 「どういった形で会えるか分からないけど、投げ合えたらすごくうれしい」

 --入団会見で、対戦したい打者は阿部慎之助選手(巨人)と発言した。ほかには

 「ヤクルトのバレンティン選手とか外国人バッターを相手に投げたい」

 ◆人としての成長に感謝

 --恩師の大井道夫監督はどういう存在か

 「野球を教えてもらったのが一番だが『人間形成が一番の目的だ』とよく言われた。大人になっていく過程を踏ませてもらえた。野球で結果を出す、出さないに関係なく、人として成長させてもらえ、感謝しています」

 --自分がステップアップできたと実感したのは

 「3年夏の甲子園2回戦の東邦戦。県大会では左打者の内角にカットボールを投げるのを隠していたので、甲子園で投げて、すごくはまった。これを使えたらもっと勝てると思った。ワンパターンの変化球や投球スタイルだとプロの世界ではたくさん研究され簡単に打たれてしまう。いろんな武器をどんどん出して、相手の嫌がるピッチングを覚えていきたい」

 --現在はどんなトレーニングを

 「無駄に肉体改造しないよう心掛け、心肺機能を上げるトレーニングを多めにやって、日によってテーマを組む。マエケン体操(広島の前田健太投手が両腕をぐるぐる回す準備運動)は格好よく動かせるようになれば、しっかり肩甲骨も動いているので目安としても使える」

 ◆新潟の野球に貢献を

 --今年の抱負は

 「プロのプレーヤーとして今までより見られると思うので、自覚を持った人間になりたい」

 --スカウトは、2年生秋の神宮大会決勝で2本塁打を放った打撃を高く評価している。プロの投手と対決する楽しみは

 「打順が1つあるから大事なのは分かっているが、打撃に気持ちが行きすぎないようにしたい」

 --ファン感謝デーで、新潟県の日本文理高校から来た、とあいさつした

 「日本文理だけでは分からない人がいると思うし、新潟県からのプロ選手は少ないので、知ってもらいたかった」

 --将来の目標は

 「しっかりとした成績を毎年残せる息の長い選手でいたい。今一番の望みは、1軍に上がってエコスタジアム(新潟市)の試合に投げたい」

 --メジャーへは

 「今は思っていない。日本球界でプレーして新潟県の野球に貢献したい」

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【プロフィル】飯塚悟史

 いいづか・さとし 平成8年10月11日、上越市出身。186センチ、83キロ。右投げ左打ち。日本文理では1年生秋から背番号1。最速145キロの直球と切れのあるスライダーなどが持ち味。昨夏の甲子園では5試合で計650球を投げ抜いた。

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 ■新潟出身のプロ野球選手 金子に今井…投手は多士済々

 県内出身のプロ野球選手というと、思い浮かぶのが金子千尋(オリックス)だろう。高校は長野商だが、小学生まで三条市で育った。150キロを超すストレートと精度が高く多彩な変化球が持ち味だ。2005年にトヨタ自動車から自由枠で入団。14年はMVPにも選ばれ、今や球界を代表する投手だ。通算90勝48敗5セーブ、防御率2.69。31歳。

 実績で金子を上回るのが、今井雄太郎(中越→新潟鉄道管理局→阪急=現オリックス→福岡ダイエー=現福岡ソフトバンク)だ。1971年、阪急に入団し黄金期を支えた右腕だ。78年には完全試合も達成した。気が弱く、試合前にコーチがビールを飲ませたなどの逸話が残る選手だ。通算130勝112敗10セーブ、防御率4.28。65歳。

 98年、新人ながら広島の抑えとして剛速球を投げ込んだのが小林幹英(新潟明訓→専大→プリンスホテル)だ。9勝6敗18セーブと活躍するも、新人豊作の年で、川上憲伸(中日)が新人王を獲得、高橋由伸(巨人)、坪井智哉(阪神)とともにセリーグ会長特別表彰を受けた。故障などで活躍は短かかったが印象に残る選手だった。通算19勝22敗29セーブ、防御率3.90。40歳。

 三輪悟(新潟市立工→電電信越→西鉄・太平洋=現埼玉西武→広島)は70年、西鉄に入団、黒い霧(八百長)事件で主力が抜けた弱体チームのエースとして投げまくり、広島トレード後は中継ぎとして黄金期を支えた。通算17勝40敗2セーブ、防御率3.48。69歳。

 関本四十四(糸魚川商工→巨人→太平洋→大洋=現横浜DeNA)は68年、ドラフト10位で巨人入り。4年目で新人王を取るなど苦労した選手だった。74年にセリーグの最優秀防御率投手を獲得した。通算27勝41敗1セーブ。防御率3.14。65歳。

 遅咲きで負けないのは内野手の渡辺浩司(新潟商→日本ハム)だ。82年にドラフト外で入団、1軍と2軍を往復し最初で唯一の規定打席に到達したのが14年目の95年。通算675打数156安打6本塁打69打点、打率.231。51歳。

 現役では高橋洸のほか、加藤健(新発田農→巨人)、今井啓介(中越→広島)らがいる。先輩に負けず県民性の粘り強さで頑張ってほしい。