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埼玉「細川紙」が無形文化遺産に 「ここにしかない伝統守る」

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埼玉「細川紙」が無形文化遺産に 「ここにしかない伝統守る」

 国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に登録が決まった「和紙 日本の手漉(てすき)和紙技術」。細川紙の地元、小川町と東秩父村が歓喜に沸く一方で、伝統技術の継承に多くの課題があるのも事実だ。「技術を伝え続けると心を新たにした」。登録を受け、関係者らは改めて和紙の「再興」に取り組む。(佐藤祐介、菅野真沙美)

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 「夢のようだ」。細川紙技術者協会の鷹野禎三会長(80)は27日、感無量の表情をみせた。鷹野さん自身、「一度は手漉きをやめた」というほど仕事を続けるのが難しかった和紙に、大きな光が当たったからだ。

 鷹野さんの工房では昭和35年頃から20年間、和紙の製造を手漉きから機械に切り替えた。一戸建てが次々に建ち、ふすまや障子に使う和紙は質以上に量が求められた。機械が1分間に作る和紙は約10メートル、手漉きは約30センチ。厳しい寒さの中で漉かれた和紙ほどきめ細やかになるが、「冷たい水を使った手作業に生産性を見いだせなかった」という。

 手漉きを再開したきっかけは、工房を訪れた米国人男性の言葉だった。「なぜ技術を捨てるのか」。そう詰め寄られ、「ここにしかない和紙の伝統を守る」と決意したという。

 かつて両町村に約700軒あったとされる細川紙の工房は、現在7軒にまで減少。障子やふすま、番傘といった和紙需要は長く低迷しているが、それでも、和紙職人を志す若者は少なくない。

 「いいものでも売れなきゃ職人は食べていけない。『また使いたい』と思われる和紙を作り続けなければ」

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 ■技術継承へ地域一体

 細川紙の技術継承へ、関係者や自治体は動き出している。東秩父村の「和紙の里」では、平成16年から和紙を使った版画展「版画フォーラム」を開催。今年は国内や米国、ブルガリアなどから約370点の作品が集まった。同施設の福島栄二支配人(65)は「『伝統工芸だから赤字でもいい』は通用しない。商品開発を進め、やる気のある若者が生計を立てられる体制を整えたい」と意気込む。

 小川町では、昭和53年度から細川紙技術者協会に補助金を出し、若手の後継者育成に取り組んでいる。町内の3中学校では生徒が和紙で卒業証書を作るなど若い世代への浸透も図る。同町の担当者は「登録で細川紙が世界規模で知られ、新たな需要が掘り起こされるのでは」と期待する。

 今回の登録は、長年にわたって伝えられてきた手漉き和紙の技術そのものが無形文化遺産として認められた。目に見えない「無形」のものだからこそ、技術者とその周辺が一体となって支えることが求められる。「海外で和紙を使ってもらうなど、生き延びる方法を探りたい。必ずもう一度、手漉き和紙を復興させますよ」。鷹野会長は力強く語った。

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 ■祝福の花火、演奏、垂れ幕

 小川町と東秩父村では27日、細川紙の無形文化遺産登録を受け、さまざまな祝賀行事が開催された。

 手漉き体験ができる東秩父村の「和紙の里」では、午前8時に祝福の花火が打ち上げられた。同11時には、同村を合宿地の一つとするプロ創作和太鼓集団「鬼太鼓座(おんでこざ)」による祝い演奏が勇ましく披露された。

 小川町役場では午前9時、3階建ての役場の屋上から、「祝 細川紙 ユネスコ無形文化遺産登録決定 小川町」と書かれた約9メートルの垂れ幕がつるされた。幕が朝日を浴びながらはためく様子に、役場前に集まった職員ら約70人から拍手が起こり、万歳三唱も行われた。