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【栃木この人】熱気球パイロット、藤田雄大さん(27)

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【栃木この人】
熱気球パイロット、藤田雄大さん(27)

 ■親子でつかんだ世界の頂点

 偉大な父親が果たせなかった「夢」を実現した。今年7月、ブラジルで開かれた熱気球世界選手権。日本人初の優勝を決めた瞬間、地上で見守る父、昌彦さん(58)の目から涙があふれた。

 昌彦さんは熱気球パイロットとして長く第一線で活躍。2001年にはスペインで開かれた航空スポーツの祭典「ワールド・エア・ゲームズ」を制し、日本人初の「世界王者」となったが、世界選手権のタイトルは最後まで手にできなかった。

 初めて気球に乗ったのは「母のおなかの中にいたとき」。「世界のフジタ」と呼ばれた昌彦さんとともに、物心がついたときから文字通り世界中を「飛び回る」日々を送った。多いときには1年に2カ月以上も海外で過ごした。「学校を休まなければならないこともあったが、いろんな所に行けて楽しかった」

 熱気球はバーナーで空気を熱し、浮力で上昇する。移動は風任せで、パイロットは刻々と変わる風を感じながら高度を調節して進みたい方向に吹く風を捉えなくてはならない。「決められた場所まで正確に飛行するのが難しい乗り物。改めて父のすごさを知った」

 18歳でパイロットのライセンスを取得。大学時代には最年少で日本選手権を制し、初めて世界選手権にも出場した。一般企業への内定が決まっていたが、「夢を取ろう」と辞退。熱気球一本に絞った。

 熱気球の競技会は通常、目的地にターゲットと呼ばれる印をつけ、パイロットがマーカーと呼ばれる砂袋を落とす。ターゲットとマーカーの距離で得点を競う。

 10年に満たないキャリアで世界一に上り詰めた雄大さんの技量について、昌彦さんは「他の選手の飛び方に左右されず、常に自分のペースで決断できる」と太鼓判を押す。

 練習環境の良さも強みだ。欧米と違い、日本では思うようにスカイスポーツができる場所は少ないが、活動拠点の渡良瀬遊水地は「一年中飛べる、日本一の場所」。育んでくれた故郷への感謝も忘れない。

 これまでに30カ国以上、アルプス山脈やアフリカのサバンナの空も飛んだ。次なる目標は「世界選手権連覇と、来年開かれる予定のワールド・エア・ゲームズで優勝し、父に並ぶこと」。力強く言い切った。(原川真太郎)