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日本初の殉職警察官、羽生に慰霊碑 安心安全への思いつなぐ 埼玉

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日本初の殉職警察官、羽生に慰霊碑 安心安全への思いつなぐ 埼玉

 明治時代初期に近代警察の仕組みが発足して以降、最初の殉職者となった警察官が羽生市に眠っている。同市出身で、凶悪犯を護送中に命を落とした今成新左衛門・捕亡(ほぼう)一等附属=享年41=だ。犯人に対しても人情深かったとされる先人の慰霊碑が完成し、12日に除幕式が行われる。建立した民間団体の関係者は「犯人を必死に追う男気あふれる姿から安心安全なまちづくりを学びたい」と話している。(佐藤祐介)

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 「埼玉県殉職警察職員顕彰録」などによると、今成氏は明治4(1871)年、罪人を捜して逮捕する「捕丁(ほてい)」を拝命。現在の県警と検察、刑事裁判を担当する「埼玉県聴訟(ちょうしょう)課」に所属し、当時県内で多発した強盗事件を担当していた。

 同5年に、強盗殺人や強盗傷害、放火などを繰り返していた凶悪な博徒集団が、現在の新潟県燕市に潜伏していることを突き止めた。上司らと同県内で捜査を続け同年7月10日、計4人を逮捕。この4人を連れて新潟港から同県の柏崎港まで船で移動し、その後は陸路で埼玉県内に護送する計画を立てていた。

 悲劇が起きたのは逮捕から5日後の15日。柏崎港で上司らは打ち合わせのため船を離れ、船内には今成氏と犯人の男ら4人、船頭が残った。「暑いからスイカを食べさせてほしい」。厳しい暑さの中、足かせと縄手錠姿で懇願する凶悪犯。今成氏は男の所持金から25銭を船頭に渡し、スイカを買いに行かせた。

 その直後だった。前もって縄手錠を緩めていた男たちが今成氏に襲いかかり、斧(おの)で殴打するなどして殺害。4円25銭を奪って逃げた。全国に指名手配された男らのうち、主犯格の2人は6年までに三重、長野両県で再び逮捕され、翌7年8月に斬首刑となった。

 「全国初」の殉職警察官となった今成氏。その功績をたたえ、親族らには金85円が下賜(かよう)された。当時の捕亡一等附属の月給は7円で、破格の慰労金だったという。

 埼玉県警留置管理課によると、現在の護送は車や新幹線、飛行機などを利用。護送中も手錠や腰縄が緩んでいないかを常に確認する。ある県警幹部は「警察制度の整備が道半ばの時代に起きた悲しい出来事だ」と話した。

 「優しさがにじみ出た悲しい話だ」。金子農機(羽生市小松台)社長で、羽生市警察官友の会の金子常雄会長は今成氏の慰霊碑の建立を決定。同会が創立40周年を迎える今年の完成を目標に、平成21年から費用を積み立ててきた。金子会長は「ようやくしっかりと今成氏の供養ができる。建立を機に安心安全なまちづくりへの意識を一層高められたら」と話した。