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【大人の遠足】静かで素朴な“別天地” つげ義春「貧困旅行記」の宿 千葉・養老渓谷

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【大人の遠足】
静かで素朴な“別天地” つげ義春「貧困旅行記」の宿 千葉・養老渓谷

 約束がないので恐縮しつつ、川の家の女性に「話が聞きたい」と頼むと、外出中のご主人を待つよう言われ、その間に温泉に入浴をさせてもらうことになった。つげ氏が「気に入った」と書いた洞窟風呂である。厚く固められたかまぼこ形の天井と、黒く濁ったお湯。薄暗くて、なぜか落ち着く。

 風呂からあがると、ご主人の鈴木宏和さん(72)が相手をしてくれた。「貧困旅行記」の舞台になったことは、「当時は崩れる寸前だったからね」と意に介していなかった。宿は平成9年に建て替えられ、残念なことに(失礼)、「崩れる寸前」の面影はなく、つげ氏が宿泊した2階の端の部屋も失われた。だが、風呂は当時のままという。

 当時、つげ氏とは言葉を交わしておらず、後日いきなり旅行記が送られてきた。いかにも「人付き合いが苦手」と公言する漫画家らしい。

 宿には、本を読んだ若い男性がしばしば訪れたという。「うれしいですよ」と話す鈴木さんは、私が持ってきた「貧困旅行記」に見入った。客たちに披露しているうち、いつの間にかなくなったのだという。飛び込み取材を受けてくれたお礼のつもりで、本は置いていくことにした。