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【とちぎ歴史散歩】(2)栃木市→宇都宮市・県庁移転 明治維新の激動の中で

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【とちぎ歴史散歩】
(2)栃木市→宇都宮市・県庁移転 明治維新の激動の中で

 そして、明治16年10月、福島県令と兼務で3代県令に就任にした三島通庸(みちつね)が県庁移転を決定。三島は、山形県令として庄内地方の鶴岡県から村山地方の山形県に県庁を移したことがあり、福島県令としては自由民権運動の自由党員らを弾圧した「福島事件」の当事者。住民の反対を押し切って土木工事を進めるなどして「鬼県令」と呼ばれていた。

 三島は、明治政府の富国強兵と殖産興業、中央集権化を体現し、インフラ整備に努めた人物といえ、その障害となる過激な民権運動の中心だった自由党を嫌ったようだ。

 栃木県の自由民権運動の本拠が栃木町だったことが、県庁移転の理由の一つとみる歴史研究家は多い。(高橋健治)

 三島県令爆殺計画 明治16(1883)年の「福島事件」に連座した河野広中のおい、河野広体や県内自由党の急進派、鯉沼九八郎らは、県令・三島通庸の暗殺を謀り、多数の政府要人が集まる県庁開庁式に狙いを定め、爆裂弾での襲撃を画策する。開庁式は17年9月15日に予定されていたが、同12日、現在の壬生町の自宅で爆裂弾を製造していた鯉沼が誤爆し、計画が露呈。襲撃が未遂に終わった自由党員は9月15日、茨城県の加波山に立てこもり「加波山事件」を起こす。そのため開庁式は2度の延期の末、10月22日に挙行された。