米中枢同時テロから17年 今も息子捜す父「どこかで眠っているかも…」 東京

 
17年たった今も、息子の生きた証しを捜し続ける住山さん=目黒区の自宅

 ■目黒の住山さん、今年もNYへ

 日本人24人を含む約3千人が犠牲になった2001年9月の米中枢同時テロは11日で丸17年を迎える。旧富士銀行(現みずほフィナンシャルグループ)ニューヨーク支店に勤務していてテロに巻き込まれた杉山陽一さん=当時(34)=の父で、目黒区に住む無職、住山一貞さん(81)は今も、息子の“生きた証し”を捜し続けている。(植木裕香子)

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 17年前のこの日の真夜中。「お子さんが見つかりません」。住山さんは陽一さんの勤務先から一報を受けた。

 数日後に渡米し、第3子を妊娠中だった陽一さんの妻とともに、陽一さんの写真をニューヨークの街角に大量に貼って情報を募った。だが、手掛かりを得られないまま帰国した。

 3カ月後、ニューヨークの裁判所は陽一さんの死亡宣告書を出した。

 「遺体が見つかっていないから、息子の死を肯定できないし、泣くこともできない。祈ることもできない。行き場のない悲しみの渦の中で、地獄のような苦しみを味わった」

 ようやく遺体が見つかったのは同時テロから約半年後だった。見つかったのはごく一部だけ。ブロンズの箱に納められた「小石ほどの遺骨」(住山さん)だったが、ようやく現実を受け入れることができた。

 発生から17年がたっても住山さんは陽一さんを捜している。「ニューヨークのどこかで眠っているかもしれない」。今年も犠牲者の身元確認作業などを続けるニューヨーク市検視局を訪れ、犠牲者の身元判明状況に関する新たな情報を集めている。

 ただ、地元・検視局を訪れる日本人遺族は減り、担当者の異動でデータを円滑に提供してもらえないことも出てきた。ロイター通信などによると、犠牲者約3千人のうち、いまだ約1千人の身元が不明で、ここ数年は「毎年1人」が判明する程度だという。それでも住山さんは「息子の遺体の他の部位が見つかる可能性はゼロではない」と信じている。

 同時テロの翌年に生まれた陽一さんの三男は16歳になった。住山さんも80代になり、3年前、足を骨折して歩くのにつえが必要になった。「体の負担が重くなるようなら、この活動を私の妻に引き継ごうと考えている」と語り、遠くをみつめた。

 「でも、やっぱり、陽一の近くにいたいんですよ」