【被災地を歩く】岩手 「サイクルトレイン」で野田村へ のんびり旅と美味 癒える傷跡 - 産経ニュース

【被災地を歩く】岩手 「サイクルトレイン」で野田村へ のんびり旅と美味 癒える傷跡

高さ12メートルから14メートルにかさ上げされた防波堤。海を感じることができなくなった=岩手県野田村の十府ヶ浦公園
三陸鉄道が4月から始めた自転車ごと乗車できるサイクルトレイン=岩手県久慈市の久慈駅
 ガソリンが手に入らなかった東日本大震災直後の取材の足は自転車だった。当時の勤務地の仙台市から約60キロある福島県境の山元町まで足を延ばしたこともある。体力的には厳しかったが、全身汗だくになりながら被災地を五感で体験できたことは、後の震災取材で大きな財産になった。
 ■のだ塩ソフト
 先月末、岩手県沿岸北部の被災地、野田村を当時のように自転車で回った。きっかけは第三セクターの三陸鉄道(本社・宮古市)が今年4月から始めた自転車ごと乗車できる「サイクルトレイン」を利用してみようと思い立ったから。被災地の復興状況を肌で感じてみたくなった。
 野田村を選んだのは道路の起伏が少ないと聞いたからだ。久慈駅で乗車し、「道の駅のだ」が併設された陸中野田駅で下車。全国的に珍しい取り合わせの施設だ。薪窯直煮(まきがまじきに)製法でつくる伝統ののだ塩と干し菊を隠し味にした名物の「のだ塩ソフト」(270円)を頬張った。
 後味すっきりで人気のソフトクリームは震災で“全国区”になった。復興支援で野田村を訪れた人々の口コミで広がり1日に2千個売った実績も。ただ、復興支援の訪問者が減り、最近は1日1200~1300個だったが、今年は猛暑も手伝って、1日1600個まで回復した。
 道の駅のだを運営、平成17年からのだ塩ソフトを販売する野田村の第三セクター、「のだむら」の古舘美恵子総務課長は「のだ塩ソフトはリピーターも確実に増えています。今年7月に発売したのだ塩サイダーも人気で、この名物の販売を今後も伸ばしていきたい」と意気込む。
 津波で村の住宅の2割、約300戸が全壊した。被害が大きかった中心市街地に入った。商店街や床上30センチまで浸水した村役場に被害の痕跡は、一見、見当たらない。
 「ありますよ。時計の柱が曲がってるでしょ。そのままにしています」
 村職員が屋外の芝生に立つ時計を指さした。
 津波到達点4・7メートルを壁に記した新しい保健センターを過ぎて海に近づくと景色は一変。造成地は更地のまま。かつての田んぼは十府ケ浦(とふがうら)公園に。パークゴルフに興じていた76歳の男性は「毎日来てるよ。前より広くなってよくなった」と笑顔で話した。
 ■消えた海
 ところが、公園から国道45号、三鉄北リアス線、そして高さが12メートルから14メートルにかさ上げされた堤防で、海は全く感じられない。「以前は三鉄の向こうの松林にコートがあった。海がすぐ見えて風情があったんだけどね」と表情が曇った。
 引き続き国道45号沿いを南下、のだむらが昨年から販売を始めた山葡萄(やまぶどう)ワインのワイナリー、玉川漁港を経て、平成24年に新設された普代村境に近いのだ塩工房から北上、自転車のメーターは24・8キロに。
 腹ごしらえに道の駅向かいのイタリア料理店「おすてりあ・ばいげつ」に寄った。シェフは野田村出身で東京の飲食業「ひらまつ」のイタリア料理の名店で7年間の修業を積んだ小野寺智子さん(28)。本格パスタに、絶妙な苦味のオリジナルブレンドコーヒーには大満足した。
 3年前にUターンして開店、村特産の荒海ホタテなど優れた地場産品を厳選した料理が口コミで広がり、盛岡市や青森県八戸市、東京、北海道からも予約が舞い込むようになった。「手応えはあります。地元の復興のためにも頑張りたい」と小野寺さん。
 トレイルや自転車で貧乏旅行を続ける旅人に風呂やまかない料理を提供することもあるそうで、前向きな姿勢が印象に残った。(石田征広)