「期待したりいらいらしたり」…山口の特定失踪者・河田君江さんの母 

 
君江さんの古い写真と花を一緒に撮った写真を手にする河田奈津江さん

 北朝鮮による拉致被害者の家族は、国際情勢に翻弄されている。米朝首脳会談で事態打開の期待も高まったが、非核化プロセスは進まず、米朝の隔たりが明確となってきた。拉致の可能性が濃厚な特定失踪者、河田君江さん(52)=失踪当時(23)=の母、奈津江さん(76)=山口県下関市=は「期待したり、いらいらしたり…。いろんな思いが頭をよぎる」と語った。 (大森貴弘)

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 君江さんは平成2年2月7日、行方が分からなくなった。豊浦町(現下関市豊浦町)の縫製工場を退社後、一人暮らしをしていたアパートに寄り、下関市内の実家に車で向かうはずだった。

 失踪から2週間後、山口県阿武町の国道沿いで、君江さんの車が見つかった。豊浦町からみて、向かったはずの下関市とは逆方向で、島根県境に近い日本海沿岸だった。

 特定失踪者問題調査会(荒木和博代表)は、拉致濃厚と認定した。

 失踪の直前、自宅前で撮影した君江さんの写真がある。奈津江さんは、財布に入れていつも持ち歩く。行方不明になってから28年。写真の端はぼろぼろになり、テープで補修した跡が目立つ。

 奈津江さんは、6月の米朝首脳会談のニュースを、食い入るように見つめた。トランプ米大統領が日本人拉致問題に触れたと聞き、「少しでも進展するかもしれない」と期待した。

 会談から2カ月が経過するが、事態が動く気配はない。

 「この28年間、情報は全くなく、状況は変わりませんでした。米朝首脳会談の後も、動きは止まっています。かすかな希望と、このまま終わるのか、という不安がある。考えがまとまらず、いらいらしたりもする。気持ちはものすごく揺れ動いています」

 2年前の8月15日、奈津江さんは娘の写真を大きく引き延ばし、花束と一緒に写真を撮った。その日は、君江さんが50歳になる誕生日だった。

 写真の中の君江さんは、若いままだ。親子が共に過ごした時間より、引き裂かれてからの月日の方が長くなった。「時がたつのは早い」と、改めて感じた。

 解決に少しでも役立てようと、君江さんの失踪の経緯や、今の思いなどを収録した動画を作る。各地で開かれる拉致問題の啓発集会などで、上映してもらう予定だ。

 28年前、母は娘に、おにぎり1個とみそ汁を作った。それきり、奈津江さんの料理を、君江さんが食べることはできていない。

 「君江は甘いものが苦手で、まんじゅうは中のあんこを妹にあげて、外の皮だけ食べるような子でした。どんなものでもいいから、私が元気なうちに、温かい手作りのおかずを食べさせてやりたい」