学校のエアコン事情

いまエネルギー・環境を問う 竹内純子の一筆両断

 ■シンガポール建国の祖に学ぶ 

 今年の夏は日本全体が猛暑に襲われ、体温より気温の方が高い状態にはもう驚かなくなりましたね。ニュースでは繰り返し、冷房を適切に使うことを呼びかけていましたが、それでも室内にいながらにして熱中症で倒れ、亡くなった方も少なくありません。そうした中、話題になったのが、今も多くの学校でエアコンの設置ができていないということです。7月に熱中症で救急搬送された児童・生徒の数は、速報値で昨年の約2倍に上ったとの報道もあり、学校へのエアコン導入が議論となりました。

 文部科学省が、昨年発表した全国の公立学校施設(幼稚園、小学校、中学校、義務教育学校、高校、特別支援学校)における冷房設置状況の調査によると、小中学校の教室の冷房設置率は41・7%、幼稚園は58・3%、高校では49・6%となっています。この調査は、3年に1回程度行われ、いずれの施設でも導入率は着実に上昇していますが、それでもまだエアコンのない教室の方が多いという結果です。

 この状況をめぐって、早急に冷房を導入するよう求める意見に対して、反対意見もありました。その理由の一つが、「子供のうちは我慢させることも必要」ということのようです。

 確かにある程度の我慢は必要ですし、子供たちを「エアコン漬け」にしてしまうことが良いとは思いません。ただ、今年経験した暑さは、忍耐や我慢といった精神論で片付けるべきではないとも思っています。「心頭を滅却すれば火もまた涼し」というのは、あくまでことわざの世界の話で、火が涼しくなるわけはないのです。

 エアコンで快適な環境を作り出すことは、命を守るために必要なだけではありません。生産性を高めるためにも重要です。国の生産性を高めるためにエアコンを積極導入したことで知られているのが、シンガポール建国の祖といわれたリー・クアンユー氏です。リー氏は、首相に就任するとまず行政機関の建物にエアコンを導入したそうです。国の発展には、行政機関が生産性を高める必要があり、そのためにはそこで働く人々が快適に過ごせる環境を整える必要があるという、至極(しごく)当たり前の発想です。

 対して日本はどうでしょう。公僕たる行政機関は暑さも寒さも我慢すべきだ、国民に省エネを呼びかけるのであれば率先垂範してみせるべきだ、と考える風潮が強いのではないでしょうか。でも、考えてください。暑さの中で効率の上がらない仕事をしてもらうよりは、快適な環境で仕事をどんどん進めてもらうほうが、結局私たち国民にとってもリターンが大きいのではないでしょうか。学校でも快適な環境を整えたほうが、学習効果が高くなることは間違いありません。子供たちは我慢せよ、ではなく、子供たちこそ良い環境で、最大限の学習効果を手にしてほしいと私は思います。

 シンガポールは東京23区程度の面積しかない小さな国ですが、今や国民一人当たり名目GDPは世界9位(2017年)。わが日本は25位です。我慢強さは大切な美徳ではありますが、固執すると生産性向上の障害になることも意識しておくべきかもしれません。

 しかし一方で、エアコンの導入が進みエネルギー消費量が増えれば、温暖化を引き起こす温室効果ガスの排出が増えてしまう懸念があります。国際エネルギー機関(IEA)が今年5月に発表したレポートによると、2050年までにエアコンによる電力需要は、世界全体で3倍に増加すると見込まれています。

 この夏の暑さを、温暖化と安易に関連付けることは慎まねばなりませんが、人間が大量にエネルギーを利用し二酸化炭素を排出するようになった産業革命前と比べて、地球全体の気温は1度弱上昇したといわれています。温暖化によって夏がより暑くなり、その対策としてエアコンを使うことがより温暖化を進めてしまう可能性があるのです。これを防ぐには、できるだけ建物の断熱性を高めること、省エネ型のエアコンを普及させること、そして、エアコンを動かす電気はできるだけ低炭素で作ることが必要です。

 こうした対策は、一朝一夕でできるものではありません。秋の到来を待ちわびながら、来年以降の夏にどう備えるか考えなければなりませんね。

                   ◇

【プロフィル】竹内純子

 たけうち・すみこ 昭和46年、東京都出身。慶応大卒業後、東京電力を経て平成24年からNPO法人「国際環境経済研究所」理事。筑波大客員教授。著書に「誤解だらけの電力問題」(ウェッジ)や「原発は“安全”か-たった一人の福島事故調査報告書」(小学館)など。「正論」執筆メンバー。