長崎・壱岐神楽、600年の伝統いまも紡ぐ

 
天孫降臨で道案内を務めた神を紹介する「猿田彦」

 神社本庁に登録されている神社だけでも約150社が鎮座し、「神々が集う島」として知られる長崎・壱岐で今月4日、「壱岐神楽」の公演が開かれた。600年以上の歴史を持つ神楽は、昭和62年に国の重要無形民俗文化財に指定された。後継者不足などの課題を抱えながらも、島民によって守り、受け継がれている。

 壱岐空港近くの筒城浜で4日、「壱岐大大(だいだい)神楽公演」があった。厳粛な「太鼓始」に始まり、アクロバティックで人気の高い「神相撲」、独特の面を付け勇壮な「猿田彦」などが続く。

 公演は、夏休みで島を訪れた観光客や、帰省した人に壱岐神楽を知ってもらおうと、毎年8月の第1土曜日に実施されている。今年で22回目を迎えた。

 あるときは荘厳で、あるときは軽妙な舞に、観光客は引き込まれていった。

 舞い納めは、壱岐神楽保存会の村田徹郎会長(白沙八幡神社宮司)。今年10月で74歳を迎える村田氏が「八散供米(やちくま)」を演じ、6時間35曲の公演が終了した。

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 壱岐神楽は、神職を世襲する社家の男性が、舞人と楽人を務めてきた。壱岐最古の社家に伝わる「吉野家文書」には、室町初期の永享7(1435)年に神楽に関わる人数を25人と定めたとの記述がある。壱岐神楽の創始はそれ以前に遡(さかのぼ)るとされる。

 保存会メンバーで、住吉神社祢宜(ねぎ)の川久保貴司氏によると、壱岐神楽の特徴は、(1)神職のみが舞い、楽曲を奏でる社家神楽(2)2畳の狭いスペースで舞う(3)神楽殿を設けず拝殿などで神々と向き合って奉納する-の3点だという。

 壱岐には30曲以上の神楽歌が伝わり、奉納の規模によって、幣(へい)神楽(6曲)▽小神楽(14曲)▽大神楽(25曲)▽大大神楽(35曲)の4種に分けられる。

 このうち最も厳粛な大大神楽は、毎年12月20日に住吉神社で奉納されてきた。神楽研究の第一人者である小川直之・国学院大教授(民俗学)は「壱岐の神楽は、古い伝統を色濃く残している」とし、その貴重さを評価する。

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 壱岐に限らず地方の神社は、過疎や少子化で氏子の減少や社家の後継者不足に直面している。複数社の神職を兼務する状況は珍しくなく、「社家神楽」である壱岐神楽も担い手の減少に悩む。文化財指定を機に結成された保存会には、島内の神職27人が所属しているが、女性神職や高齢者は体力的に難しいため実際に舞うのは20人弱という。

 秋の祭礼が集中する時期には、1日に5カ所以上の奉納を手分けしてこなしている。8月の公演前も、神社の本務に支障が出ないよう、10日間ほど集中稽古を積むにとどめている。

 小川氏は「神楽奉納には、会場設営やまかないを受け持つ裏方も欠かせない。壱岐と同様に多くの神楽伝承地が、後継者不足の問題に悩んでいる」と指摘した。地域住民らが担い手となる「里神楽」「村神楽」の中には、こうした状況を打破しようと、歴史的に禁止してきた女性の参加を、限定的に認めるところもあるという。

 保存会会長の村田氏は「壱岐神楽を舞える神職は減ったが、大大神楽に必要な12人は確保できている。氏子から『舞ってほしい』という要望がある限りは続ける」と語った。若手会員も「神楽の維持には費用がかかるが、氏子に今以上の負担のお願いするわけにはいかない。今の時代に合ったやり方を模索し、神社も神楽も残せる道を探らなければならない」と気を引き締める。

 壱岐島は国生み神話で5番目に誕生したとされる。今も「神」への思いが身近だ。信心に篤い漁師町が多く、古い信仰の形も残る。こうした島民が、氏子として神職を支える。

 また、壱岐市観光連盟石田町事業所の赤木英樹所長が中心となり、農協・漁協・商工会といった地元組織の青年部と保存会を結びつけ、神楽公演と地元産品のPRに努めている。赤木氏は「島民にとっても公演の日は、語らいの場になる。何より若い人が顔を輝かせて取り組む姿が頼もしい。神楽は地元の誇りだ」と語った。

 夏の公演が終わると、島は収穫の時期を迎える。神社では収穫への感謝と翌年の五穀豊穣(ごこくほうじょう)を祈願する祭りが斎行される。保存会メンバーは忙しい日々が続く。