【戦後73年 ガダルカナル戦】(下)「ガ島にすべての敗因詰まっている」 - 産経ニュース

【戦後73年 ガダルカナル戦】(下)「ガ島にすべての敗因詰まっている」

「ガダルカナル戦記」で戦いのありさまをあぶり出した亀井宏氏
 昭和17~18年ガダルカナル島(ガ島)の戦いでは、投入兵力の6割、2万人以上の日本兵が亡くなった。作家、亀井宏氏(84)=和歌山県新宮市=は、山口県出身の大本営参謀ら300人以上を取材し、昭和55年に「ガダルカナル戦記」を出版した。「ガ島での局地戦に、あの戦争の敗因が全て詰まっている。今の安全保障を考えたときも、最も学ぶべき教材といえます」と語った。 (大森貴弘)
 「自分だけ生き残ってすまん、という人。取材中、号泣する人もいた。頭にテープレコーダーが入っているみたいに、すらすらと言葉を紡ぐ大本営の参謀もいた。悲惨な戦場の話を聞き続けるうち、自分自身が袋小路に入っていくような感覚になりました」
 亀井氏は30代後半から始めたガ島戦の取材に、7年をかけた。胸中の焦燥感が、突き動かした。
 「あの戦争は歴史の一コマです。忌み嫌っても絶対に逃れられない。『戦争中の国民は愚かで、8月15日を境に一斉に賢くなった』みたいな風潮があったが、私は違うと思った。失敗を学ばなければ、また同じことを繰り返す」
 取材を断られるケースが多かった。2年以上、手紙を出し続け、やっと話を聞けた人もいた。
 軍の中枢にいた将官・佐官から、第一線の兵隊まで、幅広く聞いた。中でも、現地軍の参謀だった元陸軍少将の二見秋三郎氏は印象深いという。
 「初対面で『お前』ですよ。いきおい、私も『閣下』と呼ぶ。でも取材後、昔の威張る癖が直らんのじゃと言って、駅まで送ってくれた。不器用で、まっすぐな人だったんでしょう」
 大本営参謀の元陸軍大佐、井本熊男氏(山口県出身)は、取材・執筆上の羅針盤のような存在だった。
 井本氏はガ島戦の終盤、撤退命令を携えて、島にも渡った。戦後は陸上自衛隊で要職を務めた。退官後、自ら記録を執筆した。ガ島戦に関係する書物には、必ずといって良いほど名前が挙がる。
 「井本さんは、自分の悪かった面も含め、全て語ってくれた。信用できる人だった。他の軍人、特に士官以上の話は、割り引いて聞く必要があった」
 陸軍中枢の見方や、撤退にいたる経緯など、取材を繰り返した。手紙を出せば、便箋に何十枚と返事をくれた。
 取材対象は立場も見方も異なる人々だったが、共通する一言があった。「あの戦争は、仕方がなかった」
 亀井氏は言う。
 「8月になると新聞やテレビで『戦争は二度とするものじゃない』って記事が出る。でも、戦場経験者はそうは言わない。もちろん戦争を肯定するわけではない。ただ、誰もあの戦争の流れを止めることはできなかった。だから、『仕方なかった』と言う。私もそう思います」
 ■ぶっつけ本番
 取材を重ねるうち、ガ島に、戦争の敗因が詰まっていると痛感した。
 「陸海軍がけんかしていた、と言われますが、実はそうじゃない。けんかするほど一緒にやっていればまだ良かった。けんかもしないほど、別々の方向を向いていたんです」
 例えば井本氏は「陸軍は米国を知らなかった。海軍が戦ってくれると思っていたから。ガ島の緒戦でも、米兵はワンワン泣いて逃げ帰る連中だと思っていた」と語った。
 戦前、陸軍はソ連、海軍は米国を仮想敵国として、役割分担をしていた。陸海軍の協同作戦など、研究すらされていなかった。
 亀井氏は「ガ島ではぶっつけ本番で、陸海の協調作戦を強いられた」とみる。
 その結果、補給もままならない戦場に、大勢の兵士を置き去りにする状況となった。
 昭和17年10月の総攻撃が失敗すると、大本営でも撤退案が浮上した。だが、誰も公式には言い出さなかった。
 撤退命令が出たのは翌18年1月だった。その間、ガ島では1日に数十人の兵士、すなわち日本国民が餓死した。
 ■「考え続ける」
 ガ島戦を通じて、陸海軍の溝を感じた亀井氏は現在、陸上自衛隊と海上自衛隊の連携に、危惧を覚えるという。
 陸上自衛隊は3月、離島防衛を担う水陸機動団を新設した。その後、陸自が輸送艦の導入を検討していることが明らかになった。大規模な海上輸送は本来、海上自衛隊が責任を持つ。
 「陸自と海自の間に溝があるのではないか。自衛隊も当然、ガ島を教訓にしているとは思いますが…。同じ失敗は繰り返してほしくありません」
 さらに緻密な取材と執筆を通して、戦前の「統帥権」肥大化を問題点として指摘した。大本営が起案するとはいえ、天皇の命令として出た結果、撤回は難しかった。
 「今の自衛隊は、首相が手綱を握ります。選挙を通じて国民一人一人の賢さが問われる。でも、愚かさも備えるのが人間です。どうしたら良いのか、今も答えは出ません。取材をした人は、皆さん亡くなり、私も病気で目が見えない。でも、考えることをやめたら、そこでおしまいです」