臼杵に最大キリシタン墓地 長崎が注目集め“追い風”に期待 - 産経ニュース

臼杵に最大キリシタン墓地 長崎が注目集め“追い風”に期待

「下藤キリシタン墓地」の歴史的価値を説明する神田高士氏=大分県臼杵市
 江戸時代初期から明治初めまで約250年間続いた禁教政策下でも、破壊を免れた国内最大規模のキリシタン墓地が大分県臼杵市にある。ひそかにキリスト教を信仰した人々にまつわる長崎、熊本両県の史跡や集落が30日、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の文化遺産への登録が決まり、同墓地の歴史的価値も高まる追い風になると関係者は期待を寄せる。
 臼杵市野津町原の山あいに残された「下藤(しもふじ)キリシタン墓地」の周辺では、戦国時代末期から江戸初期にかけて信仰が盛んだった。
 宣教師ルイス・フロイスの「日本史」を含むイエズス会の記録では数千人のキリシタンがいたとされる。
 臼杵市教育委員会は平成23年から4年にわたり、南北約35メートル、東西約18メートルの範囲で発掘調査を実施した。
 「墓壙(ぼこう)」と呼ばれる棺おけを埋めるための穴と、墓標とみられる長方形の石材が66基分ずつ完全な状態で見つかった。
 礼拝堂や広場、参道も確認された。
 禁教下では各地のキリシタン墓地の大半が破壊されたとされる。
 市教委文化・文化財課の神田高士文化財研究室長(52)は「墓壙と墓標が共に完全な形で残るのは全国でも例がない。当時のキリスト教受容の状況を知る上で、貴重な史料だ」と指摘する。
 文化庁の文化審議会も6月15日、「キリシタン墓の変遷を考える上で重要だ」として国史跡への指定を文部科学相に答申した。
 世界遺産登録で、国内のキリスト教関連遺産への注目は、国内外で高まるのは間違いない。
 臼杵市中央通り商店街振興組合の徳丸香枝理事(56)は「大分にもキリシタン関連史跡があるということで、長崎や熊本を訪ねた後にでもぜひ、見学してもらいたい」と語る。
 臼杵市内には、キリスト教や西洋文化と関わりの深い史跡が多い。戦国時代にキリシタン大名として知られた大友宗麟(1530~1587)の影響が大きい。天正6(1578)年に洗礼を受けた。
 宗麟が築いた臼杵城の城下町はキリスト教色を強め、聖堂や修練院も建てられた。江戸時代に入りキリスト教が禁教とされて以後も、信仰心が守られた。
 下藤キリシタン墓地近くには、石に十字架を刻んだ「磨崖クルス」(臼杵市野津町宮原)や、横穴式古墳を利用したとされる地下礼拝堂(臼杵市野津町吉田)がある。