「週刊アキタ」40年の歴史に幕 活字メディアの将来暗示?

 
最終月となった4月に発行された週刊アキタ。右が最終号の4月27日発行分

 秋田市を中心に約40年にわたって発行してきたタブロイド紙「週刊アキタ」が、4月27日の1987号を最後に廃刊した。代表の小畑伸一さん(86)は産経新聞政治部出身で、元秋田県知事の小畑勇二郎氏(1906~82)の長男。中央と地方の政治を知り尽くした経験から、歯に衣(きぬ)着せぬ発信を続けてきたが、人口減少の秋田で読者の高齢化と活字離れが加速、行き詰まった。その経緯は活字メディアの将来像をも占う。 (藤沢志穂子)

 ◆独自の視点で報道

 「週刊アキタ」の発行元である週刊秋田社(秋田市)は、地元財界の支援を得て設立され、昭和54年4月に創刊した。小畑氏は産経新聞から秋田テレビ(秋田市)に転じた後、58年から経営を引き継いだ。「県内有力紙だけでは、一般市民の思いが発信できていない」と、県内の政治・経済や地域の話題を独自の視点で報道してきた。

 主に1~2面でニュースを深掘り。最近では地上配備型の弾道ミサイル迎撃システム「イージス・アショア」への疑問、県人口の減少問題、サッカーJ3ブラウブリッツ秋田の新スタジアム建設の行方などを取り上げた。「相手を『グサッ』『チクッ』と針で刺し、目覚めさせる記事を心がけた」と振り返る。一方で毎号、3本のコラムを書き分けた。県内事情の行方を探る「今週の視点」、中央政界にもの申す「千秋抄」、政治記者時代に見聞きした政界の裏事情を明かす「交差点」だ。

 小畑さんが週刊アキタを引き継いだ当初、発行部数は約3千部、20ページのタブロイド紙で一部180円。社員は20人あまり、6人の専属記者がいた。

 だが、県人口の減少と高齢化とともに、発行部数は減り続けた。価格を230円に値上げしつつ、紙面は12ページに削減、専属記者も減らして人件費を抑えたが、直近は1千部を切っていた。「記者が減ることで情報の感度は落ち、紙面の質も下がる。目に見えて商品としての価値が下がっていくことがつらかった」

 ◆「もうもたない」

 新聞の売上高だけで経営は成り立たず、企業からの広告収入に頼った。父との親交も深かった秋田テレビや秋田銀行などの有力企業が広告で支え続けた。一方で印刷代は毎週ごとの現金払いを迫られ、一時は社員の給与支払いも滞った。

 高齢化した読者のため、活字を大きくもした。だが近年は読者の死去や、購読中止の連絡が増えた。廃刊を考え始めたのは昨年のことだ。「もうもたない」。今年3月末での廃刊を決め、常連企業の広告出稿を差し止めたが「あと1カ月だけ頑張ろう」と廃刊は4月末に伸びた。

 小畑さんは、書くネタを探すために続けてきた新聞各紙の切り抜きを今も日課として続けている。「ボケ防止も兼ねているから。でもご飯を食べていても、何だか味気なくてね」

 廃刊を知った長年の読者から、小畑さんの元にはがきが何通か届いた。ある読者は「ペン1本で人生の喜怒哀楽を切り開いてきた。さぞ無念でしょう。同情します」と書いてきた。

 新聞の役割とは何か。「地方の読者にとっては病院や警察、消防などの地域情報のよりどころ。加えて『いいものはいい、悪いものは悪い』と書く力がなければ滅びてしまう。新聞は永遠になくならない、と思いたい」と力をこめる。

 紙媒体がインターネットに取って代わられようとしている時代、その力が引き継がれるのか。小畑さんの危機感は、メディア業界のあり方を問いかけている。