ムンシ・ロジェ・バンジラ准教授、遺産登録へ長崎・潜伏キリシタン評価

 
「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の意義を語る南山大のムンシ・ロジェ・バンジラ准教授

 ■「弾圧期の物語、独自性目立つ」

 「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」(長崎、熊本)が、29日以降に行われる国連教育科学文化機関(ユネスコ)の審査で、世界文化遺産への新規登録が決まる見通しとなった。構成資産の一部となっている長崎市・外海地区の集落を研究する南山大のムンシ・ロジェ・バンジラ准教授は、共同通信のインタビューに「弾圧期の物語を示しており、他国にない独自性が目立つ」と語った。

 他国のキリスト教遺産はほとんどが建物としての教会が対象であるのに対し、潜伏キリシタン遺産は建物に加えて弾圧が続いた約250年の間に信徒が何をしてきたのかという物語も示す。信徒はこの間、組織だけでなく、聖書を引用して書いた教典、祈りの言葉「オラショ」や暦などもつくった。他国にはない独自性が目立つ。

 信徒の心の中にある神、キリスト教を地域に持ち込んだ宣教師、信徒としての自分自身という縦のつながり。信徒の周りには、共同体や地縁という横のつながりがある。遺跡として残されている墓や教会が、縦横を結ぶ役目を担っている。このようにしてキリスト教は地域の精神文化と混ざり合い、日本で一つの文化をつくり上げている。

 江戸幕府の禁教下で、信徒は信仰維持のためにさまざまなカムフラージュをした。ミサで使うパンとワインを米と酒に置き換えたり、寺院で葬儀をした後に家でキリスト教の儀式を挙げたりしていた。共同体の中で合言葉もあった。ここまで組織的に信仰を隠すのは、海外で例がない。

 長崎には今も、潜伏時代の信仰や儀式を続ける「かくれキリシタン」が残る。迫害から逃れるため信仰を隠した事例は中国やインド、ロシアなどでもある。

 ただ、信教の自由がある社会で迫害時代からの信仰方式を続けているのは、かくれキリシタンだけのようだ。

 バチカンのローマ法王庁は、かくれキリシタンをキリスト教徒と見なしている。潜伏キリシタン遺産は、信徒が迫害から生き残った印だ。世界に示すとともに、未来に残してほしい。

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【プロフィル】ムンシ・ロジェ・バンジラ

 1967年4月、アフリカのコンゴ生まれ。カトリック司祭で、宣教師として99年に来日し、2008年から南山大に在籍。専攻は文化人類学。