未来につなぐ100年前の第九 あす鳴門で当時再現し公演 - 産経ニュース

未来につなぐ100年前の第九 あす鳴門で当時再現し公演

 年末の風物詩、ベートーベンの交響曲第9番(「第九」)がアジアで初めて演奏されてから6月1日で100年になる。第一次世界大戦中、徳島県鳴門市にあった板東俘虜収容所でドイツ兵らが演奏した。1日に鳴門市で当時を再現する公演を主催する認定NPO「鳴門『第九』を歌う会」の飯原道代副理事長(70)は「100年前にドイツ兵が演奏した第九を未来につないでいきたい」と意気込んでいる。
 鳴門市ドイツ館によると、収容所では大正6~9(1917~20)年、中国で日本軍の捕虜となったドイツ兵約千人が生活。商売やサービス業などの経済活動が認められていた。
 森清治館長(51)は「当時の松江豊寿所長は旧会津出身で、敗者の気持ちが分かる人だった」と話す。陸軍から「捕虜に甘い」と非難されながらも「祖国のために戦い抜いた者」としてドイツ兵の尊厳を守った。
 劇団やオーケストラなどの芸術活動も認められ、多くの日本初演奏があった。大正7(1918)年6月1日に行われたベートーベン交響曲第9番の全楽章演奏はアジア初とされる。
 ドイツ兵が祖国の母に宛てた手紙の中で第九演奏会について「大成功でした。なんとも言えない安らぎ、なぐさめが流れ出て来るのです。私は元気です」と記述。森館長は「敵国の収容所で暮らす兵にとって、音楽は安らぎだったのでは」と語る。
 その後、捕虜が帰国し、収容所は人々の記憶から遠ざかった。だが第二次大戦後、やぶに埋もれていたドイツ兵の慰霊碑を住民が見つけ、清掃したことがドイツ側に知れ渡り交流が復活。元捕虜から公演プログラムなどが寄贈され、収容所で第九演奏が行われたことが判明した。
 鳴門市では初演の地として、毎年6月の第1日曜日に第九を演奏。今年は1日にプロのオーケストラと関西学院グリークラブなどが参加し、当時の開演時間や演奏人数など全てを再現する「よみがえる『第九』演奏会」がドイツ館前で開催される。
 徳島県や鳴門市は、当時の写真や公演プログラムを含む資料約730点を戦時下の国境を超えた交友の証しとして、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「世界の記憶」(世界記憶遺産)に登録することを目指している。