岩手県内の被災文化財の修復は長期戦 まだ半数…ハードル高く

 

 東日本大震災の津波で被災した文化財の修復作業が長期戦の様相だ。当初は岩手県内で被災した約50万点を5年で修復する目算だったが、7年かけて修復できたのは半分の約25万点(平成29年度末)。残る半分には修復の難しさから後回しにされたものも多い。修復のハードルは高くなる一方で、専門家も「すべての修復を終えるには最低でもあと10年はかかりそうだ」と話している。 (石田征広)

 ◆確立された技術なく

 修復作業に予想以上の時間を要しているのは、これまで津波で被災した文化財を修復した前例がほとんどなく、確立された技術もなかったため。貴重な文化財の修復に失敗は許されない。被害状況に応じて手探りで一つ一つの修復技術を確立していくしかなく、試行錯誤の連続に陥ってしまったからだ。

 文化庁の補助制度を活用した修復作業は岩手県立博物館(盛岡市)が中心となって震災直後の平成23年4月から始まった。文化財の修復と保存処理、腐敗や劣化の防止技術を主に研究する保存科学が専門で、同館上席専門学芸員(文化財科学部門)の赤沼英男氏が作業を指揮してきた。

 海水に漬かった文化財の修復は塩分を除去することから始まる。赤沼氏が言う。「実は26年度までに修復した古文書の中から紙が黄ばみ、異臭がするものが出てきた。原因は紙に残ったわずかな魚の油脂とタンパク質の腐敗でした。水洗いだけでは不十分だった。27年度から中性洗剤で洗うようにしました。これだけで全体の作業量が2倍に膨らみました」

 文書の洗浄だけで、和紙か洋紙か、物資が乏しく再利用のため水に溶けやすいノリを多量に含んだ幕末や戦時中の紙か、どうか。同じ墨でも水洗いすると剥離しやすいニカワを多く含んだ墨かどうか…。わずかな材質の違いによって洗浄方法を工夫する必要があり、試行錯誤となるのも無理がない側面もあった。

 被災した約50万点は三陸沿岸の12の博物館関連施設の所蔵品。内訳は、古文書や書籍などの紙類(絵画を含む)が約11万点▽昆虫や押し葉などの自然史標本が約16万点▽遺跡などからの考古学資料が約13万点▽写真が約6万6千点▽民具や漁具、農具、装束などの民俗資料が約2万5千点▽古銭や刀剣などの歴史資料が約1万点-となっている。9割以上の約46万点は市立博物館をはじめ、4施設が一度に被災した陸前高田市から出たものだ。

 修復作業が進んでいるのは自然史標本で、約90%の修復が終わった。全国の博物館など42機関から協力を得られたためだ。しかし、紙類、考古学資料、写真、民俗資料、歴史資料で修復できたのはいずれも約35%で、全体でも約50%にとどまっている。

 ◆補助制度の継続を要望

 残る25万点の修復を主に担うのは県立博物館と仮設陸前高田市立博物館(旧同市立生出小学校)。修復を東京国立博物館に委託する絵画、女子美術大学(東京都杉並区)に委託する民俗資料の繊維類以外のすべてが対象。難敵は腐敗、劣化防止のため冷凍保存している約7万点の紙類と民俗資料の革製品と漆器だ。

 「水に溶けやすいインクや染料のにじむのを防ぐ洗浄方法、硬くなった革製品を柔らかくしたり、漆器で剥離した漆を戻す対処方法はまだ確立されてません」と赤沼氏。陸前高田市立博物館主任学芸員の熊谷賢市教委生涯学習課副主幹も「修復はやってみないと分からない状態。試行錯誤の連続で先が見通せない状況が続いている」と話す。

 文化庁の補助制度で県立博物館は17人、市立博物館は12人のスタッフを雇用。赤沼氏は「修復を続けるのに最低限の人数。補助制度は32年度まで。文化庁に補助制度の継続を働きかけたい」としている。